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2009年11月18日

しし座流星群の観測です

 18日の午前0時、まさにしし座流星群の活動を開始するとき奇跡的に晴れてきました。天文台では他の観測を行いながらドームの中や、時には野外に出て、監視しました。午前4時半ごろ最も多く見られたような気がします。1時間に平均20~30個くらいは出現したようです。その間、2台のカメラを構えて4時間近くに渡って撮り続けましたが、明るい火球は少なく、1等星の流星を僅かに1個写し止めたに過ぎませんでした。改めて流星を撮影することの難しさを知りました。
 彗星を発見する前の1950年代は私は流星の観測者でした。彗星を捜索する傍らに、当時和歌山県に居られた小槙孝二郎氏と連絡を取りながら観測に没頭しました。まだ多くが眼視観測の時代で、観測した流星は、専用の星図にその経路を記入して報告しました。その後写真観測に入りましたが、当時の感度の低いフィルムと、粗末な暗いレンズとの組み合わせでは、撮影に成功する事は奇跡でした。今回やっと1枚の撮影に成功して、ふと当時の苦闘を思い出しました。当時写真観測に成功した人として、小槇さんは天文誌に吉井耕一氏、坂本鉄馬氏、そして私の名を挙げてくれました。日本での流星観測の先駆者的な小槇さんは1962年ごろ私の家を訪ねてくださいました。「関・ラインズ彗星」の出現した頃で、天文冒険家の池幸一氏を交え、歓談したことは今も良く覚えています。

[しし座流星群の写真]
流星(しし座流星群)
2009年11月18日 4時30分
アサヒペンタックスSP タクマー24mm F3.5
ISO-1600フィルム 固定撮影

2009年11月07日

アンデス山脈の上に輝く天の川

 国立天文台の長谷川哲夫氏から、見事なアンデスの天の川の写真が送られてきました。
 長谷川先生とは数年前に高知県の「教育センター」でアルマ計画に関する講演会があったとき初めてお目にかかりました。
 アルマ計画とは、日本と北アメリカとヨーロッパ三国が共同でアンデスの山中に建設している電波望遠鏡のことです。長谷川先生はチリ、サンチャゴの国際ALMA建設事務所で副プロジエクトマネージャーを勤めて居られます。「国立天文台ニュース」189号によると先生が小学高学年のころ、私の拙著「未知の星を求めて」と出逢い、天文学の世界に憧れるようになった、と言う意味のことが本の紹介と共に出ています。私も小学の高学年のとき出遭った本があります。それは恩師に戴いた「天文学新話」と言う松隈健彦氏の本でしたが、いまさらのように一冊の本が人間の成長期に及ぼす力の大きさを感じます。
 さて写真です。アンデス山脈の中腹にあるアタカマ観測所(標高3000m)で撮影された夏の天の川で、北は北十字たる白鳥座付近から、南は有名な「南十字」のはるかな南方の部分まで延々110度に渡って写されています。正に天の川のパノラマです。アンデス山中で見る星はあまりにも多くて、星座の形が描けず、ところどころにみられる多くの暗黒星雲の形から、いろんな動物の名が付けられたそうですが、そう言えば、南十字のそばに、通称「石炭袋」がポッカリと不気味な暗黒の口をあけています。そしてあの「宝石箱」の絢爛たる姿も対象的です。
 2000年にはマウナケアの山頂に立って物凄い星の界に圧倒されました。ああ何時の日にか、アンデスの星空を仰ぐ日があるのでしょうか?
 この写真は私が額を自作して、芸西の天文学習館に飾っておきます。


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アンデス山脈アタカマ観測所(標高3000m)で見た天の川
国立天文台・長谷川哲夫氏提供