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1999年12月の日記

● 12月20日
 昨日から急に寒くなりました。空は一面の雪雲に覆われ、なかなか晴れそうにありません。天文台行きを諦め夜中の24時半に就寝。午前4時30分に気になって目が覚めました。2階の東側の小窓を開けてみると、きらびやかな明るい星がお皿の大きさほどにギラギラと輝いているのが見えました。金星です。明けの明星が名月で有名な筆山の上に出ているのです。そして冬の星達は激しく明滅しながら暗い夜の世界を占領していたのです。昔だったらおっとり刀(コメットシーカー)をひっさげて屋根に上り、急彗星捜索といったところですが、いかんせん天文台は40Kmのかなた。(人口30万の高知市の空にも、こんな美しい本物の星空があったのか!)それは夜の終わりの薄明がしのんでくる僅かなはざまだったのかもしれません。(そうだ!あの時だった)32年前の12月下旬、寒波のやってきた暁の空に”第2池谷・関彗星”を発見したときを思い起こし、しばし暁の空を恍惚と見つめていました。

● 12月14日
 神戸市在住の山田義弘さんが訪ねて来られました。氏は毎年必ず1度は訪ねてくれますが、今回は佐治天文台の山西氏と那賀川町天文台の堀氏を伴って来られました。写真は向かって左から山西氏、堀氏、山田氏、そして関です。
 佐治天文台も那賀川天文台も1米クラスの大反射鏡で、その鏡面の完成に山田氏が盡力されました。
 今から7年ほど前、芸西天文台の上空にマイナス7等級の大火球が現れ、太平洋に落下していきました。隕石落下の轟音も聞こえましたが、この火球をたまたま佐治天文台で山西氏が撮影しておられ、その話も出ました。そして小惑星探索の話も出ました。2000年からは佐治、那賀川両天文台の一層の活躍が期待されます。
[記念写真]

● 12月3日
 ポルトガルのアルフレド・ペレイラという人がわし座に新星を発見しました。
 ニュースは佐藤裕久さんのFAXによるもので、IAUからの早いニュースを提供して下さり感謝しています。
 14×100の双眼による発見で12月1日には6等星だったようですが2日には4等級、そして3日には3等星となって肉眼で見えています。
 位置はわし座のデルタ星(3.4等)のすぐそばで12月3.40UTに私が7×50の双眼鏡で見たところ3.75等、色は青からやや暖かい黄色に移りつつあり今がピークかなと思いました。
 芸西天文台での写真は近日出します。



Copyright (C) 1999 Tsutomu Seki. (関勉)