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2001年11月の日記

● 11月25日
 昨夜遅くから天文台にやって来て早暁5時半までがんばりました。コメットシーカーで夜明け前の東南天を特に良く捜索しました。黄道光と安芸市の光害と幽かな薄明で空が白く染んでいます。ひと頃のように10〜11等の発見は困難ですが、8等以上の明るいホーキ星との突然の出会いに期待しているのです。
 東を見る私の背後にリニア彗星 C/2000 WM1 が6等ほどで輝いています。60cmで写したらコマが15'〜20'ほどで薄い尾が少し発展しだしたようです。いよいよ南にスピードを増してきました。
 今朝もしし座群の火球を目撃しました。まだ少し活動しているようです。芸西天文台通信に載せたカラー写真を四つ切に伸ばしてギターのスタジオに掛けました。一生に一回遭遇した流星雨だったでしょう。
[リニア彗星の写真]
リニア彗星 C/2000 WM1(LINEAR)
2001年11月25日 午前2時
芸西天文台 60cm反射鏡
6415像感フィルム 15分間露出
撮影:関勉

● 11月20日
 カノープスが良く見える季節となりました。天文台周辺の木が大分切られたので見晴らしが良くなりました。写真は私の古くからの小舎の上に光るカノープスで、19日のしし座流星雨は特におおいぬ座の南に多く、はるか海洋のカノープスあたりにも盛んに落ちました。
[カノープスのある夜景]

● 11月19日
 今日は観測会ではありませんが、深夜に天文台に行くと2人のマスコミ(新聞社)と10数人の一般の人が流星を見にやってきていました。高松の読売の記者はドームを背景に写していましたが、まるでホタルが舞うような大流星雨にきっと良い紙面となったことでしょう。
 昨夜と違って23時過ぎから長い痕を持つ火球がドームの上の天を渡るかのようにスーッと流れ始め、午前2時頃には数えられなくなりました。恐らく肉眼で幽かな物を入れると1時間に数百から数千個(?)。午前4時頃には、いつもどっかに流星があって、中には4個同時に飛ぶという普段では絶対に見られない華々しさです。さらに大火球が1分以上も痕を残し、高層気流の影響でS字型に変化していきます。何か戦争時の飛行機雲と高射砲弾の炸裂を思わす光景でした。「あまりにも多くを見たからもうあきた。」と午前5時過ぎにピークが少し過ぎた感の中、車で市街の方に帰っていると、まるで火事のように明るい光害の空に焼夷弾のように大きな火の玉が2つ3つと盛んに落下していました。午前5時30分、頭上は既に白々と明けていました。
 写真は取り急ぎモノクロで。ニコンF、35mmレンズF2.8、TM3200フィルム。天文台から東に向けて僅かに3分の露出でこれだけ(12個)写りました。カラーはまた後程!8台のカメラが活躍しました。写真2はペンタックス6×7で撮ったマイナス等級の大火球で同じ方向に幾筋もの細い流星が走っています。
[しし座流星群]
写真(1) 11月19日 午前4時

[しし座流星群の大火球]
写真(2) 11月19日 午前4時30分

● 11月17日
 今日は天文台で公開観測会がありました。地元の芸西小学校4年生の生徒と父兄、それに引率の先生で合計60人が狭い学習室にぎし詰めとなりました。久し振りにおいでて下さった元高知大学教育学部の山口先生が太陽系の生い立ちについての興味あるお話をして下さり、中学校の先生である大庭氏がパソコンを使って星空の分かりやすい説明をされました。
 しかし獅子群を目前に空は曇り、ドームの中ではテレスコープを説明するだけとなりましたが、子供達も熱心で良い会となりました。
 生徒の質問の中で「しし座群はたくさん出ますか?」というのがあり、私は「今まで大出現が予告された時に出た例はほとんどありません。数年前のウインネケ群の様に流星雨は何の予告も無く突然降るものです」と答えて一同を笑わせました。
 生徒たちが帰ってから皮肉にも晴れ始め、夜半には快晴となりました。

 高松から読売の記者が来て午前6時頃までドームをバックに流星を写していました。しかし母流星が去ってから3年余、例年より少ない出現であったようです。少なくとも大出現のきざしはない。
 明日のピークはどうか?空はよく晴れています!!

● 11月16日
 良く晴れてきました。18〜19日のしし座群は芸西では見えそうです。テンペル・タトルの母彗星が通過して3年が経ち、果たして火球が見られるでしょうか。11月15日の早暁にはたった1つの同流星も見られませんでした。もし派手に出現したらHPに出します。
昔、エドガー・ア・ランポウの怪奇小説に『アッシャー家の崩壊』という短編がありましたが、アッシャー氏の言う流星説は何か怪奇小説的な魅力を感じます。”崩壊”も氏の説の崩壊ではなく彗星の方の崩壊であってくれれば万々歳ですが・・・。
 岡村啓一郎氏を訪ねたら小さなテレスコープで黒点を映していました。先日夕日に大きな黒点が肉眼で見えたそうです。

● 11月15日
 昨夜遅くから天文台にやってきました。最近は芸西村の園芸のビニールハウスの灯りが朝まで煌々とついており、丘から西の空は真っ白です。その条件の悪い空にリニア彗星 C/2000 WM1 が傾き8cmのファインダーでよく見え、7.1等(Dia=10')と目測しました。明らかに日毎に増光していますが、但し彗星は衝の近くで雄大?なはずの尾が向こうに流れています。
 写真は60cmで16分露出しましたが、解像力の良い6415フィルムを使いましたので大拡大ができました。
 朝は早くもからす座やおとめ座のスピカが昇ってきます。思えば遠く1947年11月15日(今日です!)、本田彗星(C/1947 V1 = 1947m)が発見され私の彗星捜索への道の動機となったのですが、あれから44年も経って私は同じからす座付近をコメットシーカーで捜しました。午前5時30分、本田さんの発見した時刻には敬謙な気持ちで薄明の空を拝しました。本田彗星1947m、それは私の人生を決めた発見だったのです!
[リニア彗星 C/2000 WM1 の写真]
11月15日撮影
7.1等まで増光しているリニア彗星C/2000 WM1
60cm反射鏡で撮影

● 11月7日
 良く晴れて天文台へ出ました。ドーム周辺の木立が伐採され、南の海岸まで見事な景観が広がっていました。
 C/2000 WM1が意外と明るく、21cm F3のイプシロンで撮ってみました。このカメラはピンと合わせに欠陥があり多くピンボケを作ってしまいます(光軸調整も難しい)が、いったん合えば実にシャープです。ピント合わせはカメラ部のねじ回転ではなく直進のラックピニヨンかヘリコイドにすべきでしょう。前進、後進がネジ送りで遅いのでピントがどこで合っているかわかりにくいです。特別なルーペを自作して80%合うようになりました。(6×7判)。
 C/2000 WM1を21cmで撮ってみました。トライX使用で約5分の露出です。
 しし座流星群が近いのに、いやに空は静かです。今まで騒がれたときには出たためしがないのですが、嵐の前の静けさというところでしょうか。
リニア彗星 C/2000 WM1 の写真
C/2000 WM1(LINEAR)

● 11月3日
 11月3日は毎年良く晴れるのですが、今日は珍しく雨。終日降り続く中、近くの上町地区の集会所で「かみ町の星」と題して竜馬やハレー彗星に関する話をしてきました。小惑星に「竜馬」や「上町」、そして近くの「鏡川」なんかが命名されていることを意外と地区の人は知らないのです。

● 11月1日
 五藤光学が年1回のオーバーホールにやって来、31日から作業しています。全3日間の日程で完全な点検修理をやってくれます。大望遠鏡は作っても後のアフターサービスをいい加減にしかしないメーカーが多い中、さすが老舗であり大メーカーだと感心させられます。芸西天文台の60cmも今年で20年を迎え、そろそろ老朽化と共にCCDを伴う近代化が望まれているところです。今日は天文台の岡村啓一朗氏もやって来て、次の公開に備えて天文台入り口の草刈や、邪魔になる松の枝を切ったりして整備しました。20年間でドーム周辺の樹木が高くはびこり、近く村役場が大々的に伐採をしてくれることになっています。
 次の天文台公開は11月10日(土曜日)の午後5時からです。
[点検中の60cm反射望遠鏡の写真]
芸西の60cmを点検中の
真野氏(五藤光学)



Copyright (C) 2001 Tsutomu Seki. (関勉)