2008年05月03日
芸西3人組が集まりました
永い”冬眠”が覚めると、春たけなわです。なんと今日は最高で30℃近くもありました。
芸西の新天文台を担う3人組が集まりました。「プロジエクトGeisei」のメンバーで、計算の村岡健治と、CCD観測屋の下元繁男、それにいつも極道屋で彗星を探す関勉の3人です。折からの星月夜の下、ドームの中では、新70cmの経緯台を操作して、CCDの画像を楽しく眺めました。C/2008 H1の彗星も撮りましたが、北天に高い大熊座のM51のCCDによるカラー撮影は結構迫力がありました。それもその筈70cmは5000mmも焦点があるのです。焦点が長くても、運転精度は問題ありません。あらゆる天体の導入精度も、極めて正確です。あと、筒内気流とCCD接続部での視野のけられ、それに合成焦点のF値の暗さ(F7.3)等、いくつかの問題点を残していますが、これから約1ヶ月かけて、メーカーによって改善されていく段取りです。
村岡さんが先に帰られてから後、下元さんと昔話をしながら観測しました。下元さんは長谷川大兄から昔懐かしい手回しの計算機を譲り受けたそうですが、私もその機械による軌道計算の長い時代があり、約250個の小惑星の円軌道を計算したことや、1955年ごろ行方不明中だった「ぺライン彗星」の予報を長谷川氏と手分けして計算したことなど語りました。神戸と高知で、計算機がジャンジャンと高い音を立てて回っていたという、滑稽にしてよき時代でした。天体までの距離を決定するための、ガウスの四次方程式の解までも工夫しながら計算したのです。
下元さんが帰ったあともドームに居残り、今度は銀塩の写真で、彗星をパトロールしました。傍らスライドルーフでは、15cmの双眼鏡で久々に明けなずむ東天を捜索、懐かしいM31の光芒を見ました。低空には幽かにモヤがありました。

芸西の新天文台を担う3人組が集まりました。「プロジエクトGeisei」のメンバーで、計算の村岡健治と、CCD観測屋の下元繁男、それにいつも極道屋で彗星を探す関勉の3人です。折からの星月夜の下、ドームの中では、新70cmの経緯台を操作して、CCDの画像を楽しく眺めました。C/2008 H1の彗星も撮りましたが、北天に高い大熊座のM51のCCDによるカラー撮影は結構迫力がありました。それもその筈70cmは5000mmも焦点があるのです。焦点が長くても、運転精度は問題ありません。あらゆる天体の導入精度も、極めて正確です。あと、筒内気流とCCD接続部での視野のけられ、それに合成焦点のF値の暗さ(F7.3)等、いくつかの問題点を残していますが、これから約1ヶ月かけて、メーカーによって改善されていく段取りです。
村岡さんが先に帰られてから後、下元さんと昔話をしながら観測しました。下元さんは長谷川大兄から昔懐かしい手回しの計算機を譲り受けたそうですが、私もその機械による軌道計算の長い時代があり、約250個の小惑星の円軌道を計算したことや、1955年ごろ行方不明中だった「ぺライン彗星」の予報を長谷川氏と手分けして計算したことなど語りました。神戸と高知で、計算機がジャンジャンと高い音を立てて回っていたという、滑稽にしてよき時代でした。天体までの距離を決定するための、ガウスの四次方程式の解までも工夫しながら計算したのです。
下元さんが帰ったあともドームに居残り、今度は銀塩の写真で、彗星をパトロールしました。傍らスライドルーフでは、15cmの双眼鏡で久々に明けなずむ東天を捜索、懐かしいM31の光芒を見ました。低空には幽かにモヤがありました。

2008年02月11日
60cm最後の観測は小島彗星となりました
下元さんが、ファーストライトに対し、最後の観測のことを「ラストライト」という表現をしていましたが、正に60cm反射望遠鏡の最後の観測は、今明け方の空に輝いている小島周期彗星(70P/Kojima)になりました。
芸西の天文台は1981年にスタートしてから一体何千枚の写真を撮影したのか?とにかくその最後のコマが小島彗星となり、その映像をここにお眼にかける次第です。
1971年の小島彗星の発見には些か面白いエピソードがあり、それは近日このホームページの「ノンフイクション劇場」にて発表しますが、この発見が、今日まで続いている「彗星会議」の記念すべき第一回の発火点となったことは案外知られていないようです。長谷川一郎氏が編集発行していた「山本速報」の第1733号に、彗星会議第一回の発起人として(関 勉、小島信久、長谷川一郎)の名があります。
さて永い間行方不明になっているネウイミン第2彗星(25D/Neujmin 2)と小島彗星との関連も面白いですね。全く別物と判定された今も、ネウイミン第2彗星が、小島彗星に化けてしまった、と思いたくなるほどに、この両者は軌道が似ていました。
小島さんとは、また最近連絡がつき、25cm+CCDの画像が送られてきます。"夢よもう一度"というか、再び新発見への意欲を燃やしておられるようです。
芸西の60cm反射望遠鏡は2月13日からこれを作った五藤光学が入り撤去作業が進められています。ガランとした天文台の空には相変わらぬ美しい星空が輝き続けることでしょう。去り行く60cm反射望遠鏡への思いを語ったNHKのラジオ深夜便は3月10日に再放送されることになりました。

70P/Kojima(小島周期彗星)
2008年2月11日 1時41分から20分間露出(J.S.T)
60cm F3.5反射 Fuji Acros 100フィルム
これが60cm反射望遠鏡の最後の写真となりました
関連
芸西天文台通信2002年11月7日
芸西の天文台は1981年にスタートしてから一体何千枚の写真を撮影したのか?とにかくその最後のコマが小島彗星となり、その映像をここにお眼にかける次第です。
1971年の小島彗星の発見には些か面白いエピソードがあり、それは近日このホームページの「ノンフイクション劇場」にて発表しますが、この発見が、今日まで続いている「彗星会議」の記念すべき第一回の発火点となったことは案外知られていないようです。長谷川一郎氏が編集発行していた「山本速報」の第1733号に、彗星会議第一回の発起人として(関 勉、小島信久、長谷川一郎)の名があります。
さて永い間行方不明になっているネウイミン第2彗星(25D/Neujmin 2)と小島彗星との関連も面白いですね。全く別物と判定された今も、ネウイミン第2彗星が、小島彗星に化けてしまった、と思いたくなるほどに、この両者は軌道が似ていました。
小島さんとは、また最近連絡がつき、25cm+CCDの画像が送られてきます。"夢よもう一度"というか、再び新発見への意欲を燃やしておられるようです。
芸西の60cm反射望遠鏡は2月13日からこれを作った五藤光学が入り撤去作業が進められています。ガランとした天文台の空には相変わらぬ美しい星空が輝き続けることでしょう。去り行く60cm反射望遠鏡への思いを語ったNHKのラジオ深夜便は3月10日に再放送されることになりました。

70P/Kojima(小島周期彗星)
2008年2月11日 1時41分から20分間露出(J.S.T)
60cm F3.5反射 Fuji Acros 100フィルム
これが60cm反射望遠鏡の最後の写真となりました
関連
芸西天文台通信2002年11月7日
2008年02月08日
なかなかしぶといホームズ彗星
なかなかしぶとい彗星ですね。
ここ芸西天文台では、まだ肉眼で悠々と見えています。
コマは大きくまるで綿菓子のように膨らみ、2月8日に関が70mm10xの双眼鏡で見たところ、5.1度の視野の三分の一もありました。1.7度というところでしょうか。しかし20cm40xの屈折鏡で見ても、拡散したコマは全然見えません。肉眼か明るい双眼鏡の世界です。
こうなると全光度の推定が大変に難しくなります。例えば三角座のM33は7等星の銀河と言われていますが、私が30年ほど前に岡山天体物理観測所の188cm反射望遠鏡を覗いたところ、大変に暗い天体でした。しかし芸西では肉眼で幽かに見えるのです。全く信じられないことですが、このようなことが現実にあるのです。今回の異常に拡散したホームズ彗星は、そのコマ全体の暗い輝きを、もし一点に集めたとしたら、意外と明るい光度になるかもしれません。これが全光度と言うものです。
このつかみ所のないモーローとしたホームズ彗星を見ている時、ふと地球の第二衛星のことを思い出しました。もうかれこれ40年にもなるでしょうか。ある天文学者が月から90度はなれた所に力学的にいって宇宙のチリのような天体が集まって、モーローとした地球の第二の月を形造っている、と言って自らチェコスロバキア(現・スロバキア)のタトラ山中の非常に空の暗い山に入り35mmカメラで確認した、というのです。このことが一般に広まるようになって、猟奇な事件に興味を持つIkeさんが早速F値の明るいレンズの付いた35mmカメラを持って冬の凍る石槌山系(1982m)に上がり撮影を試みたのです。イケヤ・セキ彗星の発見されたすぐ後のことで、彗星が白昼太陽のコロナの中に入ったときには、海に山に、まさに東奔西走の活躍を続け、時には大変な危険をも犯して、”天文冒険家Ike”の名をほしいままにしました。
暗くモーローとしたホームズ彗星をじっと目を凝らして見ているとき、あのときの第二の月も丁度このようなイメージかもしれないと思い、ふとあの頃のことを懐かしく思い出してしまいました。

17P/Holmes(ホームズ彗星)
中央の明るい星はペルセウス座のベータ星で、
その左にある拡散した幽かな光芒がホームズ彗星
2008年1月25日 20時00分から10分間露出(J.S.T)
Nikon FM 135mm F2.0 Fuji 1600フィルム
ここ芸西天文台では、まだ肉眼で悠々と見えています。
コマは大きくまるで綿菓子のように膨らみ、2月8日に関が70mm10xの双眼鏡で見たところ、5.1度の視野の三分の一もありました。1.7度というところでしょうか。しかし20cm40xの屈折鏡で見ても、拡散したコマは全然見えません。肉眼か明るい双眼鏡の世界です。
こうなると全光度の推定が大変に難しくなります。例えば三角座のM33は7等星の銀河と言われていますが、私が30年ほど前に岡山天体物理観測所の188cm反射望遠鏡を覗いたところ、大変に暗い天体でした。しかし芸西では肉眼で幽かに見えるのです。全く信じられないことですが、このようなことが現実にあるのです。今回の異常に拡散したホームズ彗星は、そのコマ全体の暗い輝きを、もし一点に集めたとしたら、意外と明るい光度になるかもしれません。これが全光度と言うものです。
このつかみ所のないモーローとしたホームズ彗星を見ている時、ふと地球の第二衛星のことを思い出しました。もうかれこれ40年にもなるでしょうか。ある天文学者が月から90度はなれた所に力学的にいって宇宙のチリのような天体が集まって、モーローとした地球の第二の月を形造っている、と言って自らチェコスロバキア(現・スロバキア)のタトラ山中の非常に空の暗い山に入り35mmカメラで確認した、というのです。このことが一般に広まるようになって、猟奇な事件に興味を持つIkeさんが早速F値の明るいレンズの付いた35mmカメラを持って冬の凍る石槌山系(1982m)に上がり撮影を試みたのです。イケヤ・セキ彗星の発見されたすぐ後のことで、彗星が白昼太陽のコロナの中に入ったときには、海に山に、まさに東奔西走の活躍を続け、時には大変な危険をも犯して、”天文冒険家Ike”の名をほしいままにしました。
暗くモーローとしたホームズ彗星をじっと目を凝らして見ているとき、あのときの第二の月も丁度このようなイメージかもしれないと思い、ふとあの頃のことを懐かしく思い出してしまいました。

17P/Holmes(ホームズ彗星)
中央の明るい星はペルセウス座のベータ星で、
その左にある拡散した幽かな光芒がホームズ彗星
2008年1月25日 20時00分から10分間露出(J.S.T)
Nikon FM 135mm F2.0 Fuji 1600フィルム
2008年01月03日
ホームズ彗星は依然肉眼で見えています
昨年10月、大増光したホームズ彗星ですが、新年に入っても北天に肉眼で見えています。1月の3日、21時、肉眼で観察すると、彗星はペルセウス座の二重星団より明らかに暗くなりましたが、アンドロメダ座の銀河M31より僅かに暗いと思われる3.9等星でした。彗星は太陽から離れるに従って、当然暗くなるのですが、12月中旬ごろから、それほど全光度が落ちないのは、コマが暗くなりながらも、拡大して行くことによって、輝く面積が大きくなるため、それほど表面の輝度が落ちないものと推察されます。しかし60cm反射望遠鏡で覗くと中心の核はドンドンと暗くなり、今は13等以下に落ちました。その恒星状の核は小さなコマを伴っており、大きなコマの中に小彗星が見えるという、甚だ奇観を呈しています。21cm
F3.0のイプシロンで撮った外コマの直径はなんと71′もありました。
今度回帰するときには、外の大きなコマは消滅して、中の小彗星が帰ってくることでしょう。果たして、それはどの様なイメージか、そして光度は?再来が待たれます。
写真は明るい21cmのイプシロンで撮ったモノクロの写真ですが、淡いながらも奇怪なコマが写っており、中心にかすかに核が見えています。

17P/Holmes(ホームズ彗星)
2008年1月3日 21時20分から17分間露出(J.S.T)
21cm F3.0反射 ISO 1600フィルム
今度回帰するときには、外の大きなコマは消滅して、中の小彗星が帰ってくることでしょう。果たして、それはどの様なイメージか、そして光度は?再来が待たれます。
写真は明るい21cmのイプシロンで撮ったモノクロの写真ですが、淡いながらも奇怪なコマが写っており、中心にかすかに核が見えています。

17P/Holmes(ホームズ彗星)
2008年1月3日 21時20分から17分間露出(J.S.T)
21cm F3.0反射 ISO 1600フィルム
2007年12月06日
ホームズ彗星が大きく拡散しました
今日はNHK高知放送局の内アナウンサーと天文台へ行きました。これは1月に放送される予定の「ラジオ深夜便」の現地での打ち合わせのためです。丁度天文台には西村製作所の川内営業部長らが来てドームを点検していました。「ラジオ深夜便」は1月の下旬にドームの中から約40分間天文をしゃべることになっています。芸西ならではの、取っておきの話です。川内さんによると芸西の70cm鏡は、今ロシアで研磨が進められており、多分2月から現地での工事が始まるとのことです。
日が暮れると早々にホームズ彗星が見え始めました。肉眼でみると、近くの3等星と余り引けを取らない明るさで輝いていますが、例によって20cmの屈折40xで覗くとコマは全く薄れて見えません。60cm F4の写真にも写りません。しかし、10x70の双眼鏡や肉眼ではありありと見えています。18時30分に観測した結果では全光度3.2等、コマは視野5.1度の双眼鏡の1/6程度で、50′とみました。DCは4、Transとseeingは共に3/5でした。彗星はまだまだ薄れながらも、ますます拡大し、年内は肉眼で見え続けるかもしれません。
このほか8P/Tuttleは20cmでよく見える10等星となりました。低気圧の接近で20時ごろから雲が多くなり引き上げました。
日が暮れると早々にホームズ彗星が見え始めました。肉眼でみると、近くの3等星と余り引けを取らない明るさで輝いていますが、例によって20cmの屈折40xで覗くとコマは全く薄れて見えません。60cm F4の写真にも写りません。しかし、10x70の双眼鏡や肉眼ではありありと見えています。18時30分に観測した結果では全光度3.2等、コマは視野5.1度の双眼鏡の1/6程度で、50′とみました。DCは4、Transとseeingは共に3/5でした。彗星はまだまだ薄れながらも、ますます拡大し、年内は肉眼で見え続けるかもしれません。
このほか8P/Tuttleは20cmでよく見える10等星となりました。低気圧の接近で20時ごろから雲が多くなり引き上げました。
2007年11月19日
火星と金星が明るくなりました
ホームズ彗星が依然として北空のペルセウス座に肉眼で見えています。北に高いので、ほとんど一晩中見えるのは楽しいことです。そして光度や形状、更に色の変化も結構楽しませてくれます。尾ほ依然として短い「クラゲ」のような格好ですが、コマは更に淡く膨らんできて、まるで霧のような様相を呈しはじめました。
「芸西天文台通信」のページに発表した写真は、コマが半透明のもっとも美しい頃のものです。この頃はまだコマの輪郭がはっきりしていました。
さて12月下旬に大接近する火星ですが、いよいよ赤さを増してきました。いま双子座にあって、ひときわ明るく輝いています。
そして、夜明けの近い5時前になると、西方最大離隔に近い金星が煌々と、断然白い光を見せはじめます。彗星の捜索をやっていても、その明るさが気になります。
芸西の天文台では、現行の60cmの最後の観測会が12月22日に行なわれます。「冬の天文教室」ですが、接近中の火星を60cmの主鏡を使って覗くことにしています。12月には火星を対象にした観測会が何回か行なわれます。見学希望者は「高知県文教協会」電話 088-824-5451 まで連絡して下さい。

ふたご座の火星
2007年11月19日 1時33分から5分間露出
55mm F2.8 ISO400

昇る金星
2007年11月20日 4時20分から20分間露出
55mm F2.8 ISO400
「芸西天文台通信」のページに発表した写真は、コマが半透明のもっとも美しい頃のものです。この頃はまだコマの輪郭がはっきりしていました。
さて12月下旬に大接近する火星ですが、いよいよ赤さを増してきました。いま双子座にあって、ひときわ明るく輝いています。
そして、夜明けの近い5時前になると、西方最大離隔に近い金星が煌々と、断然白い光を見せはじめます。彗星の捜索をやっていても、その明るさが気になります。
芸西の天文台では、現行の60cmの最後の観測会が12月22日に行なわれます。「冬の天文教室」ですが、接近中の火星を60cmの主鏡を使って覗くことにしています。12月には火星を対象にした観測会が何回か行なわれます。見学希望者は「高知県文教協会」電話 088-824-5451 まで連絡して下さい。

ふたご座の火星
2007年11月19日 1時33分から5分間露出
55mm F2.8 ISO400

昇る金星
2007年11月20日 4時20分から20分間露出
55mm F2.8 ISO400
2007年11月13日
空にホームズ彗星、地上にも「ホームズ」
しばらく日記を休んでいる間に秋が随分進みました。
今朝は久しぶりに東天を捜索しました。しし座から始まって、夜明け前には、小銀河の多い「かみの毛」から「おとめ」そして「からす座」と進んでいきました。テレスコに小型のナビを取り付けたので、入ってくる彗星状天体の識別に有効でした。基準星は第一が北極星、第二が90度ほど離れた、ししのレグルスを選びました。
可也の精度で位置を表示してくれました。スケッチくらいの精度でしょうか。スカルナテ・プレソの星図でことごとくチェック出来ました。
しかし捜索しながら発見にはほど遠い観測だと思いました。天体写真のような、他の仕事をしながらの掃天ですから、本格的ではありません。発見しようと思うなら、そのことだけに集中しなくては成果が上がらないことは自分でも分っているのです。もっともっと捜索に専心したい、、、、。そのことは重々身に感じているのですが。いまの多様な観測方式ではなかなかできません。彗星発見のみを意識して若き純粋な情熱を捧げたあの頃を懐かしく思います。
「シャーロック ホームズ」の怪奇小説を読んでいたら、天上にも「ホームズ」があらわれ、奇怪な行動に出ました。シャーロック ホームズの物語はイギリスのロンドンが舞台ですが、星の「ホームズ」の方も、1892年、小説が書かれた頃のロンドンで発見されました。発見の年にも異常な増光があって、アンドロメダ座のM31の側に4~5等星で輝きました。本来が明るい彗星であって、その後の100年間光度を落としていたのか、或いは暗いものが、太陽活動等の影響で、まれに突然明るくなるのか、その点は判然としませんが、恐らく後者の方でしょう。いずれにしても、頭上に明るい彗星が輝く下での捜索は楽しいものです。この日11月12日、23時の50mm双眼鏡による私の観測では、全光度2.6等。コマ30分角。色は青白で尾はわずかに西北に流れているようでした。増光の始まった頃の美しい黄金色のコマとは違った彗星らしいブルーでした。芸西での60cmによるカラーの写真は、近日「芸西天文台通信」のページにてお眼にかけます。
今朝は久しぶりに東天を捜索しました。しし座から始まって、夜明け前には、小銀河の多い「かみの毛」から「おとめ」そして「からす座」と進んでいきました。テレスコに小型のナビを取り付けたので、入ってくる彗星状天体の識別に有効でした。基準星は第一が北極星、第二が90度ほど離れた、ししのレグルスを選びました。
可也の精度で位置を表示してくれました。スケッチくらいの精度でしょうか。スカルナテ・プレソの星図でことごとくチェック出来ました。
しかし捜索しながら発見にはほど遠い観測だと思いました。天体写真のような、他の仕事をしながらの掃天ですから、本格的ではありません。発見しようと思うなら、そのことだけに集中しなくては成果が上がらないことは自分でも分っているのです。もっともっと捜索に専心したい、、、、。そのことは重々身に感じているのですが。いまの多様な観測方式ではなかなかできません。彗星発見のみを意識して若き純粋な情熱を捧げたあの頃を懐かしく思います。
「シャーロック ホームズ」の怪奇小説を読んでいたら、天上にも「ホームズ」があらわれ、奇怪な行動に出ました。シャーロック ホームズの物語はイギリスのロンドンが舞台ですが、星の「ホームズ」の方も、1892年、小説が書かれた頃のロンドンで発見されました。発見の年にも異常な増光があって、アンドロメダ座のM31の側に4~5等星で輝きました。本来が明るい彗星であって、その後の100年間光度を落としていたのか、或いは暗いものが、太陽活動等の影響で、まれに突然明るくなるのか、その点は判然としませんが、恐らく後者の方でしょう。いずれにしても、頭上に明るい彗星が輝く下での捜索は楽しいものです。この日11月12日、23時の50mm双眼鏡による私の観測では、全光度2.6等。コマ30分角。色は青白で尾はわずかに西北に流れているようでした。増光の始まった頃の美しい黄金色のコマとは違った彗星らしいブルーでした。芸西での60cmによるカラーの写真は、近日「芸西天文台通信」のページにてお眼にかけます。
2007年11月12日
宇宙に浮かぶ奇怪なクラゲ「ホームズ彗星」
11月11日の朝、2時ごろのイプシロン21cmによる撮影です。
彗星は、ペルセウス座の1.8等星アルファより明るく写っています。眼視による光度は2.5等で、コマは大きく拡大され、月と同じ30′近くもありました。美しいグリーンです。尾は大勢が太陽との関係であちら側に流れていますから、明確ではありませんが、コマの形からして、やや西に出ているようです。まさに「宇宙に浮かぶ奇怪なクラゲ」です。
先月末、謎の大爆発を起こしてそれまでの17等級から、一挙に2等星までアップしましたが、これは太陽光の反射だけでは説明できません。恐らく爆発によって、新星現象のように彗星自体が発光を始めたのです。そのエネルギーは測り知れないものがあります。そして、コマの色も、金色から、白、そしてブルーからグリーンへと目まぐるしく変化して行きました。彗星は、普通モーローとしているものですが、コマの輪郭がまるで、お月さんを見るようにくっきりとしていることも異常です。
この星を発見したのは1892年の、ロンドンの「ホームズ(Holmes)」ですが、この彗星の謎の多い不可解な現象から同じイギリスの怪奇探偵小説「シャーロック ホームズの冒険」のことをふと連想しました。舞台はたしか同じロンドンでしたね。まさに奇怪な事件?の連続です。この彗星は1992年に芸西で再発見していますが、あの時も暗いだけで光度の変化は全く見られませんでした。今回は115年前の出現以来17回目の回帰です。
さて次回はこの新星現象の如く変化した彗星をカラーでお眼にかけます。私の彗星探索史上このような”事件”は初めてで「関勉の捜査日記」にしっかりと書きとめておきましょう。

ペルセウス座α星のそばのホームズ彗星
17P/Holmes
2007年11月11日2時16分から19分間露出
ε210 21cm F3反射
TX400フィルム
彗星は、ペルセウス座の1.8等星アルファより明るく写っています。眼視による光度は2.5等で、コマは大きく拡大され、月と同じ30′近くもありました。美しいグリーンです。尾は大勢が太陽との関係であちら側に流れていますから、明確ではありませんが、コマの形からして、やや西に出ているようです。まさに「宇宙に浮かぶ奇怪なクラゲ」です。
先月末、謎の大爆発を起こしてそれまでの17等級から、一挙に2等星までアップしましたが、これは太陽光の反射だけでは説明できません。恐らく爆発によって、新星現象のように彗星自体が発光を始めたのです。そのエネルギーは測り知れないものがあります。そして、コマの色も、金色から、白、そしてブルーからグリーンへと目まぐるしく変化して行きました。彗星は、普通モーローとしているものですが、コマの輪郭がまるで、お月さんを見るようにくっきりとしていることも異常です。
この星を発見したのは1892年の、ロンドンの「ホームズ(Holmes)」ですが、この彗星の謎の多い不可解な現象から同じイギリスの怪奇探偵小説「シャーロック ホームズの冒険」のことをふと連想しました。舞台はたしか同じロンドンでしたね。まさに奇怪な事件?の連続です。この彗星は1992年に芸西で再発見していますが、あの時も暗いだけで光度の変化は全く見られませんでした。今回は115年前の出現以来17回目の回帰です。
さて次回はこの新星現象の如く変化した彗星をカラーでお眼にかけます。私の彗星探索史上このような”事件”は初めてで「関勉の捜査日記」にしっかりと書きとめておきましょう。

ペルセウス座α星のそばのホームズ彗星
17P/Holmes
2007年11月11日2時16分から19分間露出
ε210 21cm F3反射
TX400フィルム
2007年10月18日
私も映画好きでした
軌道計算家の村岡健治さんは大の映画好きですが、実は私も嘗て映画好きでした。特に1950年前後の映画は良く見にいきました。
私が1960年代になって彗星を発見する前の時代です。
印象に残っている映画として、1949年ごろ作られたアメリカ映画の「第三の男」です。敗戦直後の晩秋の廃墟のウイーンの町をバックにしてのモノクロ映画の良さは忘れられません。そしてアントン・カラーのチターの名演も印象的でした。
日本映画では私が中学のとき見た1947年作の「地獄の顔」。そして黒澤明監督の「野良犬」や「酔いどれ天使」も最近になってビデオで再び見るチャンスがありました。
1942年ごろの大映の映画で第五列の恐怖を取り扱った映画で、山本智之監督の「あなたは狙われている」というのがありました。水島道太郎や月形龍之介らの主演したものですが、当時の太平洋戦争を背景にして、これほどスリルとサスペンスに満ちた作品は珍しかったように思います。私は当時小学生でしたが、恐ろしい場面では見るに絶えず思わず椅子の下に隠れたほどです。いい映画の出だしは素晴らしいものですが、この映画も関東地区のある田舎の駅に大きいトランクを提げた男が深夜に降り立って駅前の田舎道を線路沿いに歩き出すシーンがいい。この男は一体なにものなのか?そして何処へ行くのか、と最初から期待とサスペンスの連続です。
しかしこの映画はインターネットで調べても題名と配役の名が出てくるだけで全くわかりません。もしビデオやDVDなんかで今見ることができらば、こんな嬉しいことはないのですが、、、、。
実は私の家も戦時中一種の軍事工場で、スパイの暗躍がありました。いずれHPに連載中の「ホーキ星と50年」に書くつもりですが全く映画と小説を地で行くような恐怖の物語です。(大きいトランクを持った怪しい男は私の工場にも来た、、、、、?)
さて、もう一つ映画で皆様に教えていただきたいのがあります。これも1950年前後のアメリカ映画?ですが、北海を舞台にした捕鯨船?どうしの争いと男の友情を描いた白黒の映画ですが、最後に氷山に向かって突っ込んで自爆するシーンが印象に残っています。果たして、なんという題の映画だったのでしょうか。はなはだ頼りないですが、古い方なら多くの人がご覧になって憶えていらっしゃると思います。
実は私のギターの生徒にAさんという大の映画好きの方がいて、まるで映画の字引のような方で、内外の映画に精通しており、レッスンの大方は映画の話になって終るのですが、この方は私より10年ほど若いので、上記のことをご存知ないのです。Aさんは黒澤明監督とラジオで対談をやったといいますから、高知県ではかなり有名な方のようです。
私が1960年代になって彗星を発見する前の時代です。
印象に残っている映画として、1949年ごろ作られたアメリカ映画の「第三の男」です。敗戦直後の晩秋の廃墟のウイーンの町をバックにしてのモノクロ映画の良さは忘れられません。そしてアントン・カラーのチターの名演も印象的でした。
日本映画では私が中学のとき見た1947年作の「地獄の顔」。そして黒澤明監督の「野良犬」や「酔いどれ天使」も最近になってビデオで再び見るチャンスがありました。
1942年ごろの大映の映画で第五列の恐怖を取り扱った映画で、山本智之監督の「あなたは狙われている」というのがありました。水島道太郎や月形龍之介らの主演したものですが、当時の太平洋戦争を背景にして、これほどスリルとサスペンスに満ちた作品は珍しかったように思います。私は当時小学生でしたが、恐ろしい場面では見るに絶えず思わず椅子の下に隠れたほどです。いい映画の出だしは素晴らしいものですが、この映画も関東地区のある田舎の駅に大きいトランクを提げた男が深夜に降り立って駅前の田舎道を線路沿いに歩き出すシーンがいい。この男は一体なにものなのか?そして何処へ行くのか、と最初から期待とサスペンスの連続です。
しかしこの映画はインターネットで調べても題名と配役の名が出てくるだけで全くわかりません。もしビデオやDVDなんかで今見ることができらば、こんな嬉しいことはないのですが、、、、。
実は私の家も戦時中一種の軍事工場で、スパイの暗躍がありました。いずれHPに連載中の「ホーキ星と50年」に書くつもりですが全く映画と小説を地で行くような恐怖の物語です。(大きいトランクを持った怪しい男は私の工場にも来た、、、、、?)
さて、もう一つ映画で皆様に教えていただきたいのがあります。これも1950年前後のアメリカ映画?ですが、北海を舞台にした捕鯨船?どうしの争いと男の友情を描いた白黒の映画ですが、最後に氷山に向かって突っ込んで自爆するシーンが印象に残っています。果たして、なんという題の映画だったのでしょうか。はなはだ頼りないですが、古い方なら多くの人がご覧になって憶えていらっしゃると思います。
実は私のギターの生徒にAさんという大の映画好きの方がいて、まるで映画の字引のような方で、内外の映画に精通しており、レッスンの大方は映画の話になって終るのですが、この方は私より10年ほど若いので、上記のことをご存知ないのです。Aさんは黒澤明監督とラジオで対談をやったといいますから、高知県ではかなり有名な方のようです。
2007年09月24日
仲秋の名月が見えました
いつも仲秋の明月がやってくる9月から10月初めごろはお天気がわるく、滅多に名月が見えた事はありません。晴れても”月にむら雲”と言った情景が多く、ゆったりと明月を楽しんだことはありません。
月の名所桂浜も、私が20代の若い頃一度行ったきりで、その後足を運んだことがないのです。とにかく大勢の人と酒の匂いで、静かに明月を鑑賞する風情はありません。今夜の明月は珍しく晴れたので、自宅の庭で、鑑賞しました。月は南の低い屋根の上にあって、14夜ですか、少しまん丸から欠けた月でした。何時でしたか、仲秋明月と皆既月食が重なって、赤い月になったことがありましたが、夏の月は湿っぽい大気の影響か、やや赤く見えるようです。
このとき奇妙なことが起こりました。狭い庭の木立による、錯落たる影を見ているとき、そこに一輪の美しい花が咲いているのを発見しました。「月下美人」です! 数日前小さな蕾が青い葉っぱから出ているのを発見していたのですが、まさかこんなに早く咲こうとは、、、、。しかも夜空の明月に向かって、まるで、ひそかにその美しい姿を見せるかのように、咲いたのです。7月に咲いたのも確か満月に近い13夜でした。そして今夜も14夜の月。月下美人はその名のとおり明月の夜を選らんで咲くに違いありません。そして、わずか数時間咲いただけでしぼんでしまうのです。ああ、なんと言う美しくも淋しい光景でしょう。昔、ある小学校に講演に行ったとき、後で生徒たちが植えた鉢を、お礼に持って来てくれたのですが、その花が今になって咲き始めたのです。もし、今度も明月の晩に咲いたとしたら、、、、。それは決して偶然ではありません。月下美人は夜半に訪れる明月に見られるために咲いているのです。
月の名所桂浜も、私が20代の若い頃一度行ったきりで、その後足を運んだことがないのです。とにかく大勢の人と酒の匂いで、静かに明月を鑑賞する風情はありません。今夜の明月は珍しく晴れたので、自宅の庭で、鑑賞しました。月は南の低い屋根の上にあって、14夜ですか、少しまん丸から欠けた月でした。何時でしたか、仲秋明月と皆既月食が重なって、赤い月になったことがありましたが、夏の月は湿っぽい大気の影響か、やや赤く見えるようです。
このとき奇妙なことが起こりました。狭い庭の木立による、錯落たる影を見ているとき、そこに一輪の美しい花が咲いているのを発見しました。「月下美人」です! 数日前小さな蕾が青い葉っぱから出ているのを発見していたのですが、まさかこんなに早く咲こうとは、、、、。しかも夜空の明月に向かって、まるで、ひそかにその美しい姿を見せるかのように、咲いたのです。7月に咲いたのも確か満月に近い13夜でした。そして今夜も14夜の月。月下美人はその名のとおり明月の夜を選らんで咲くに違いありません。そして、わずか数時間咲いただけでしぼんでしまうのです。ああ、なんと言う美しくも淋しい光景でしょう。昔、ある小学校に講演に行ったとき、後で生徒たちが植えた鉢を、お礼に持って来てくれたのですが、その花が今になって咲き始めたのです。もし、今度も明月の晩に咲いたとしたら、、、、。それは決して偶然ではありません。月下美人は夜半に訪れる明月に見られるために咲いているのです。
