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1999年7月の日記

●7月24日
 四国地方は21日頃に梅雨が明けた模様と発表されましたが、気象台の宣言とは逆に今日まで曇ったり降ったりで、夏らしいカラッと晴れた日はありません。西日本は未だ梅雨前線の様な長い雲が停滞して、南から湿った空気が流れ込み大量の低い雨雲を発生さしているのです。
 天文台の方は海岸で私の住んでいる高知市(盆地)と気象条件が異なるため、晴れという予報の下、もしやと思って曇り空の中昨日も行ってみましたが、ベガが雲間にチラチラ見えただけで、結局朝まで晴れず徒労に終わりました。もうすぐ満月になるので、仕上げておきたい観測の仕事は山ほどあったのに残念です。今夜も低い雲が北へ北へと流れて、またもドシャ降り。これが本当の梅雨明けなのでしょうか!?私には梅雨明け前の大降りに見えるのですが。

●7月7日
 七夕様ですが、前日の6日はよく晴れて星が見えました。7日は天文台へ行きましたが、雲が多く厚い雲間にちらりとベガの蒼い光を見ただけでした。
 七夕と言っても中国から伝わってきた伝説で、星空に異変があるわけではありません。むしろ子供の楽しみで、天文台では普段と何ら変わらない作業をやっています。
 朝日新聞でスペインの作曲家ロドリーゴが逝去したニュースを知りました。ロドリーゴは日本にも来たことのある盲目の作曲家で、彼の代表作は、アランフェス協奏曲です。特に第2楽章のアダージョは有名で、ギターのみならずトランペットでもソロを聞くことがあります。
 このコンチェルトは今から40年くらい昔、デラ・マーサというギタリストがスペイン交響楽団のバックに初演し、そのテープが日本のスペイン大使館を通じて私のところに来た思い出があります。この名曲がまだレコーディングされていない頃で、私は最も早くこの名曲を聞くチャンスに恵まれました。ロドリーゴ夫人は彼の片腕となって作曲を楽譜に記入していった人ですが、彼の成功もロドリーゴ夫人の影の力添えが大きかったのです。ロドリーゴの作品には、このほか”小麦畠にて”や”消え行くサラバンド”があります。



Copyright (C) 1999 Tsutomu Seki. (関勉)