2016年01月26日

池谷・村上彗星の再来


 2010年に日本で眼視的に発見された彗星が帰ってきました。
 再観測の事情は、このホームページの「新天体発見情報」に出ています。
 いま19等星ですが、芸西天文学習館でも観測しました。核がAとB、2つに分かれており、B核が主核であると言われています。写真は芸西の70cm反射望遠鏡によるもので、下元繁男さんによって画像処理さたものです。短い曲がった尾に注目してください。今回の出現は最大でも18等位にしか明るくならないようで、アマチュアには困難な対象となっています。
 然し2010年には静岡県の池谷薫さんと新潟県の村上茂樹さんによって眼視的に発見されました。この年は彗星の標準光度が特に明るかったのでしょうか?池谷さんは25㎝反射望遠鏡で、また村上さんは46cmのドブソニアン望遠鏡で発見しました。それが周期約5年の短周期彗星であることが判明したのです。今回の検出は記念すべき最初の出現でありました。
 2007年に新潟県で「彗星会議」があった時、今回の彗星の発見前の村上さんに会いました。彼は会場に46cmの反射鏡を鞄に入れて持って来ました。観測に出かける時には経緯台と共に車に積んで出かけるそうです。そして現地で組み立てて観測に入ります。夕方、西の空を捜索して、もし月のない闇夜なら、車の中で寝て今度は明け方の東天を捜索するそうです。
 こうした移動観測者は昔から沢山いました。アメリカのスイフトは新彗星(13個)と沢山の銀河の発見に成功した人ですが、彼は家から1kmほど離れた工場の屋根の上を捜索の場所に選んでいました。屋根は3つの階段を登りつめるのですが、冬の寒い朝なんか瓦が凍っていて、這うようにして移動したそうです。氷点下の気温の中で、暖は全く取らず、夜明けと共に体も凍てついたと言います。こうした努力を踏み台にしてあの輝かしい成果があったのです。
(参考までに)
 彼の発見した周期130年のスイフト・タットル彗星は夏のペルセウス座流星群の母彗星になっています。

[P/2010 V1 = 2015 Y2 (Ikeya-Murakami)]
P/2010 V1 = 2015 Y2 (Ikeya-Murakami)

[P/2010 V1-B = 2015 Y2 (Ikeya-Murakami)]
P/2010 V1-B

2015年01月21日

なつかしのフィンレー彗星

 フィンレー周期彗星が、いま夕空に明るく見えています。1月19日夕刻の芸西天文台の観測では9.5等(写真では10.1等)でした。火星の少し東で、ここしばらく観測の好機が続くでしょう。しかし12月27日に近日点を過ぎており、これ以上明るくなることはないでしょう。
 15P/Finlayは、今から遠く1886年にCape(南アフリカ)のコメットハンター、Finlayによって初発見されました。175mm屈折で見た彗星は11等の恒星状でわずかなコマを持っていました。周期は6年半で次の1893年にもフィンレーが同じ望遠鏡で眼視的に発見しました。いまバーストしたという事で話題になっていますが本来は眼視的な明るい彗星なのです。
 「なつかしの...」と言ったのは、実は1919年の回帰の時には日本人が発見したのです。この年には位置予報が発表されておらず、京都大学で天文台の助手を務めていた若き佐々木哲夫氏が捜索中に10cmの屈折望遠鏡で発見しました。発見は同大学の山本一清氏の確認するところとなって、東京天文台、コペンハーゲン天文台とアメリカのハーバード大学天文台に打電されました。ところがその電報を見た東京天文台の神田茂技官が、これはフィンレー彗星の再来であることを発表したのでした。
 1974年の回帰の時には、芸西に出来たばかりの関観測所(現在の芸西天文台)で、21㎝反射望遠鏡で検出に成功しました。
 写真は尾を見せながら夕空に低く輝くフィンレー彗星です。

[15P/Finlay フィンレー彗星]
15P/Finlay
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 思い出の彗星<フィンレー彗星>

2014年07月26日

ジャック彗星の写真

 暑い日が続いています。天界もいまが天の川の美しい時です。
 春のころから南天で観測されて、明るくなることが期待されていたC/2014 E2 (Jacques)彗星が、いよいよ明け方の空に見えてきました。6等星で、肉眼では困難ですが7×50の双眼鏡で見えます。
 写真は芸西の70cm反射にニコンの一眼レフカメラ(D-700)を搭載して2分間の露出を行ったもので、尾は真西に流れていますが、写真には明確に写っていません。
 ここしばらく明け方の東北の低い空で楽しめるでしょう。


C/2014 E2 (Jacques)
2014年7月26日 3時20分-22分(J.S.T)
70cm F7反射, Nikon D700
Copyright (C) 2014 芸西天文学習館 (Geisei Observatory)

2013年04月06日

暁の空のパンスターズ彗星

 夕空の時には太陽に近くてろくに観測できませんでした。
 やっと暁の廻って薄明中に捉えました。70cm鏡に映る同彗星です。
 中心核がカッと明るく、2度余りの尾を引いています。4月4日の4時50分頃で、バックは相当に明るい薄明です。光度の目測は難しいですが、写真では4.5等位に見ました。これからまさしく北に登って見やすくなりますが、光度はどんどん落ちていきます。


パンスターズ彗星
C/2011 L4 (PANSTARRS)

2013年03月25日

岩本彗星の写真

 久しぶりの日本での明るい彗星の発見です。
 専門家の望遠鏡のラッシュの中ですが、太陽の近くは、アマチュアにも発見のチャンスは残されています。
 彗星は写真では12~14等と報告されていますが、眼視観測では12等級の小さなコマで尾はありません。
 既に近日点を過ぎており、これから見かけ上、太陽に近づきながら暗くなっていきます。


岩本彗星
C/2013 E2 (Iwamoto)
2013年3月22日 5時00分(J.S.T)撮影

2013年03月24日

ポン・ガンバール彗星のその後

 彗星は現在明け方の空に廻って高く輝いています。しかし発見当初のような輝きはなく、やや明るい核とコマが青く光っています。写真を撮った日には眼視光度は12等で、写真では14等級でした。また今度お目にかかれるのは180年も先かと思うと、お名残り惜しいですね。
 昔は空が良かったので、目の良いコメットハンターはこの程度の暗い彗星を発見していました。たとえばアメリカのペルチャー氏とか、イギリスのデニング氏とかは鋭眼の持ち主でした。
 夜明け前の空は、強力なコメットシーカーで探せばこうした逆行の彗星を発見できるチャンスはあると思います。


ポン・ガンバール彗星
273P/Pons-Gambart
2013年3月7日 2時23分(J.S.T)撮影

2013年03月09日

パンスターズ彗星か!?

 近日点を間近にした「パンスターズ彗星」を300mm望遠レンズで狙ってみました。黄砂と薄明の中ですが、それらしいものが写っているようです。光度ははっきりしませんが、推定で1.5等。コマは10′位でしょうか。
尾は見えません。僅か10秒の露出です。双眼鏡では確認できませんでした。
 彗星は北上して、日毎に条件は良くなります。

[C/2011 L4 (PANSTARRS)の写真]
C/2011 L4 (PANSTARRS)
2013年3月8日 18時45分(J.S.T)撮影

2010年11月05日

暁の空に日本人の新彗星輝く

 発見された直後の「池谷・村上彗星」の画像です。
 朝5時、彗星は東天の低空、おとめ座の中を10等星として南下しています。70cm反射望遠鏡に同架した15cm22xの屈折望遠鏡で覗くと、直径5分ばかりの星雲状で、9.5等星と目測されました。写真ではかすかに尾らしい流れがあります。尾は徐々に発展しつつありますが、光度は落ちていきます。
 世はリニア計画等、プロによる捜索の渦巻く中、「熱心に観測すれば必ず発見のチャンスはある」と豪語してきましたが、先のマックホルツ、それに今回の池谷(いけや)、村上両氏の発見は、それを立派に証明してくれました。
 彗星は軌道傾斜角が8度と小さく、短周期彗星の可能性があります。

[C/2010 V1 (Ikeya-Murakami)の画像]

C/2010 V1 (Ikeya-Murakami)

2008年02月11日

60cm最後の観測は小島彗星となりました

 下元さんが、ファーストライトに対し、最後の観測のことを「ラストライト」という表現をしていましたが、正に60cm反射望遠鏡の最後の観測は、今明け方の空に輝いている小島周期彗星(70P/Kojima)になりました。
 芸西の天文台は1981年にスタートしてから一体何千枚の写真を撮影したのか?とにかくその最後のコマが小島彗星となり、その映像をここにお眼にかける次第です。
 1971年の小島彗星の発見には些か面白いエピソードがあり、それは近日このホームページの「ノンフイクション劇場」にて発表しますが、この発見が、今日まで続いている「彗星会議」の記念すべき第一回の発火点となったことは案外知られていないようです。長谷川一郎氏が編集発行していた「山本速報」の第1733号に、彗星会議第一回の発起人として(関 勉、小島信久、長谷川一郎)の名があります。
 さて永い間行方不明になっているネウイミン第2彗星(25D/Neujmin 2)と小島彗星との関連も面白いですね。全く別物と判定された今も、ネウイミン第2彗星が、小島彗星に化けてしまった、と思いたくなるほどに、この両者は軌道が似ていました。
 小島さんとは、また最近連絡がつき、25cm+CCDの画像が送られてきます。"夢よもう一度"というか、再び新発見への意欲を燃やしておられるようです。
 芸西の60cm反射望遠鏡は2月13日からこれを作った五藤光学が入り撤去作業が進められています。ガランとした天文台の空には相変わらぬ美しい星空が輝き続けることでしょう。去り行く60cm反射望遠鏡への思いを語ったNHKのラジオ深夜便は3月10日に再放送されることになりました。

70P/Kojima(小島周期彗星)
2008年2月11日 1時41分から20分間露出(J.S.T)
60cm F3.5反射 Fuji Acros 100フィルム

これが60cm反射望遠鏡の最後の写真となりました

関連
 芸西天文台通信2002年11月7日

2008年02月08日

なかなかしぶといホームズ彗星

 なかなかしぶとい彗星ですね。
 ここ芸西天文台では、まだ肉眼で悠々と見えています。
 コマは大きくまるで綿菓子のように膨らみ、2月8日に関が70mm10xの双眼鏡で見たところ、5.1度の視野の三分の一もありました。1.7度というところでしょうか。しかし20cm40xの屈折鏡で見ても、拡散したコマは全然見えません。肉眼か明るい双眼鏡の世界です。
 こうなると全光度の推定が大変に難しくなります。例えば三角座のM33は7等星の銀河と言われていますが、私が30年ほど前に岡山天体物理観測所の188cm反射望遠鏡を覗いたところ、大変に暗い天体でした。しかし芸西では肉眼で幽かに見えるのです。全く信じられないことですが、このようなことが現実にあるのです。今回の異常に拡散したホームズ彗星は、そのコマ全体の暗い輝きを、もし一点に集めたとしたら、意外と明るい光度になるかもしれません。これが全光度と言うものです。
 このつかみ所のないモーローとしたホームズ彗星を見ている時、ふと地球の第二衛星のことを思い出しました。もうかれこれ40年にもなるでしょうか。ある天文学者が月から90度はなれた所に力学的にいって宇宙のチリのような天体が集まって、モーローとした地球の第二の月を形造っている、と言って自らチェコスロバキア(現・スロバキア)のタトラ山中の非常に空の暗い山に入り35mmカメラで確認した、というのです。このことが一般に広まるようになって、猟奇な事件に興味を持つIkeさんが早速F値の明るいレンズの付いた35mmカメラを持って冬の凍る石槌山系(1982m)に上がり撮影を試みたのです。イケヤ・セキ彗星の発見されたすぐ後のことで、彗星が白昼太陽のコロナの中に入ったときには、海に山に、まさに東奔西走の活躍を続け、時には大変な危険をも犯して、”天文冒険家Ike”の名をほしいままにしました。
 暗くモーローとしたホームズ彗星をじっと目を凝らして見ているとき、あのときの第二の月も丁度このようなイメージかもしれないと思い、ふとあの頃のことを懐かしく思い出してしまいました。


17P/Holmes(ホームズ彗星)
中央の明るい星はペルセウス座のベータ星で、
その左にある拡散した幽かな光芒がホームズ彗星
2008年1月25日 20時00分から10分間露出(J.S.T)
Nikon FM 135mm F2.0 Fuji 1600フィルム

2008年01月03日

ホームズ彗星は依然肉眼で見えています

 昨年10月、大増光したホームズ彗星ですが、新年に入っても北天に肉眼で見えています。1月の3日、21時、肉眼で観察すると、彗星はペルセウス座の二重星団より明らかに暗くなりましたが、アンドロメダ座の銀河M31より僅かに暗いと思われる3.9等星でした。彗星は太陽から離れるに従って、当然暗くなるのですが、12月中旬ごろから、それほど全光度が落ちないのは、コマが暗くなりながらも、拡大して行くことによって、輝く面積が大きくなるため、それほど表面の輝度が落ちないものと推察されます。しかし60cm反射望遠鏡で覗くと中心の核はドンドンと暗くなり、今は13等以下に落ちました。その恒星状の核は小さなコマを伴っており、大きなコマの中に小彗星が見えるという、甚だ奇観を呈しています。21cm F3.0のイプシロンで撮った外コマの直径はなんと71′もありました。
 今度回帰するときには、外の大きなコマは消滅して、中の小彗星が帰ってくることでしょう。果たして、それはどの様なイメージか、そして光度は?再来が待たれます。
 写真は明るい21cmのイプシロンで撮ったモノクロの写真ですが、淡いながらも奇怪なコマが写っており、中心にかすかに核が見えています。


17P/Holmes(ホームズ彗星)
2008年1月3日 21時20分から17分間露出(J.S.T)
21cm F3.0反射 ISO 1600フィルム

2007年12月06日

ホームズ彗星が大きく拡散しました

 今日はNHK高知放送局の内アナウンサーと天文台へ行きました。これは1月に放送される予定の「ラジオ深夜便」の現地での打ち合わせのためです。丁度天文台には西村製作所の川内営業部長らが来てドームを点検していました。「ラジオ深夜便」は1月の下旬にドームの中から約40分間天文をしゃべることになっています。芸西ならではの、取っておきの話です。川内さんによると芸西の70cm鏡は、今ロシアで研磨が進められており、多分2月から現地での工事が始まるとのことです。
 日が暮れると早々にホームズ彗星が見え始めました。肉眼でみると、近くの3等星と余り引けを取らない明るさで輝いていますが、例によって20cmの屈折40xで覗くとコマは全く薄れて見えません。60cm F4の写真にも写りません。しかし、10x70の双眼鏡や肉眼ではありありと見えています。18時30分に観測した結果では全光度3.2等、コマは視野5.1度の双眼鏡の1/6程度で、50′とみました。DCは4、Transとseeingは共に3/5でした。彗星はまだまだ薄れながらも、ますます拡大し、年内は肉眼で見え続けるかもしれません。
 このほか8P/Tuttleは20cmでよく見える10等星となりました。低気圧の接近で20時ごろから雲が多くなり引き上げました。

2007年11月19日

火星と金星が明るくなりました

 ホームズ彗星が依然として北空のペルセウス座に肉眼で見えています。北に高いので、ほとんど一晩中見えるのは楽しいことです。そして光度や形状、更に色の変化も結構楽しませてくれます。尾ほ依然として短い「クラゲ」のような格好ですが、コマは更に淡く膨らんできて、まるで霧のような様相を呈しはじめました。
「芸西天文台通信」のページに発表した写真は、コマが半透明のもっとも美しい頃のものです。この頃はまだコマの輪郭がはっきりしていました。

 さて12月下旬に大接近する火星ですが、いよいよ赤さを増してきました。いま双子座にあって、ひときわ明るく輝いています。
 そして、夜明けの近い5時前になると、西方最大離隔に近い金星が煌々と、断然白い光を見せはじめます。彗星の捜索をやっていても、その明るさが気になります。

 芸西の天文台では、現行の60cmの最後の観測会が12月22日に行なわれます。「冬の天文教室」ですが、接近中の火星を60cmの主鏡を使って覗くことにしています。12月には火星を対象にした観測会が何回か行なわれます。見学希望者は「高知県文教協会」電話 088-824-5451 まで連絡して下さい。


ふたご座の火星
2007年11月19日 1時33分から5分間露出
55mm F2.8 ISO400


昇る金星
2007年11月20日 4時20分から20分間露出
55mm F2.8 ISO400

2007年11月13日

空にホームズ彗星、地上にも「ホームズ」

 しばらく日記を休んでいる間に秋が随分進みました。
 今朝は久しぶりに東天を捜索しました。しし座から始まって、夜明け前には、小銀河の多い「かみの毛」から「おとめ」そして「からす座」と進んでいきました。テレスコに小型のナビを取り付けたので、入ってくる彗星状天体の識別に有効でした。基準星は第一が北極星、第二が90度ほど離れた、ししのレグルスを選びました。
 可也の精度で位置を表示してくれました。スケッチくらいの精度でしょうか。スカルナテ・プレソの星図でことごとくチェック出来ました。
 しかし捜索しながら発見にはほど遠い観測だと思いました。天体写真のような、他の仕事をしながらの掃天ですから、本格的ではありません。発見しようと思うなら、そのことだけに集中しなくては成果が上がらないことは自分でも分っているのです。もっともっと捜索に専心したい、、、、。そのことは重々身に感じているのですが。いまの多様な観測方式ではなかなかできません。彗星発見のみを意識して若き純粋な情熱を捧げたあの頃を懐かしく思います。
 「シャーロック ホームズ」の怪奇小説を読んでいたら、天上にも「ホームズ」があらわれ、奇怪な行動に出ました。シャーロック ホームズの物語はイギリスのロンドンが舞台ですが、星の「ホームズ」の方も、1892年、小説が書かれた頃のロンドンで発見されました。発見の年にも異常な増光があって、アンドロメダ座のM31の側に4~5等星で輝きました。本来が明るい彗星であって、その後の100年間光度を落としていたのか、或いは暗いものが、太陽活動等の影響で、まれに突然明るくなるのか、その点は判然としませんが、恐らく後者の方でしょう。いずれにしても、頭上に明るい彗星が輝く下での捜索は楽しいものです。この日11月12日、23時の50mm双眼鏡による私の観測では、全光度2.6等。コマ30分角。色は青白で尾はわずかに西北に流れているようでした。増光の始まった頃の美しい黄金色のコマとは違った彗星らしいブルーでした。芸西での60cmによるカラーの写真は、近日「芸西天文台通信」のページにてお眼にかけます。

2007年11月12日

宇宙に浮かぶ奇怪なクラゲ「ホームズ彗星」

 11月11日の朝、2時ごろのイプシロン21cmによる撮影です。
 彗星は、ペルセウス座の1.8等星アルファより明るく写っています。眼視による光度は2.5等で、コマは大きく拡大され、月と同じ30′近くもありました。美しいグリーンです。尾は大勢が太陽との関係であちら側に流れていますから、明確ではありませんが、コマの形からして、やや西に出ているようです。まさに「宇宙に浮かぶ奇怪なクラゲ」です。
 先月末、謎の大爆発を起こしてそれまでの17等級から、一挙に2等星までアップしましたが、これは太陽光の反射だけでは説明できません。恐らく爆発によって、新星現象のように彗星自体が発光を始めたのです。そのエネルギーは測り知れないものがあります。そして、コマの色も、金色から、白、そしてブルーからグリーンへと目まぐるしく変化して行きました。彗星は、普通モーローとしているものですが、コマの輪郭がまるで、お月さんを見るようにくっきりとしていることも異常です。
 この星を発見したのは1892年の、ロンドンの「ホームズ(Holmes)」ですが、この彗星の謎の多い不可解な現象から同じイギリスの怪奇探偵小説「シャーロック ホームズの冒険」のことをふと連想しました。舞台はたしか同じロンドンでしたね。まさに奇怪な事件?の連続です。この彗星は1992年に芸西で再発見していますが、あの時も暗いだけで光度の変化は全く見られませんでした。今回は115年前の出現以来17回目の回帰です。
 さて次回はこの新星現象の如く変化した彗星をカラーでお眼にかけます。私の彗星探索史上このような”事件”は初めてで「関勉の捜査日記」にしっかりと書きとめておきましょう。


ペルセウス座α星のそばのホームズ彗星
17P/Holmes
2007年11月11日2時16分から19分間露出
ε210 21cm F3反射
TX400フィルム

2007年05月07日

あれは国際宇宙船でした

 一雨あってまた長い晴天が続きそうです。
 先日の日記で明るい人工衛星を見たことを書きましたが、福島県の佐藤裕久さんが早速に調査して下さり、これは国際宇宙ステーションであることが判明しました。時刻も明るさも予報と良く一致しておりましたから、間違いありません。
 さて雨上がりの晴天を利用していま明るい2つの彗星(C/2007 E1とC/2007 E2)を観測しました。夕空のE1の方は眼視では見えず、60cm反射望遠鏡の写真では15~16等の明るさで中心核が比較的はっきりとしていました。一方明け方に見えていたC/2007 E2(Lovejoy)の方は急速に北上して夜半前には東北の空に見えるようになりました。20cm屈折60xですと、かなりボーゥと拡散して4分角のコマが見え9.6~9.7等、尾は見えません。写真では13等くらいの恒星状の鋭い核が写っています。これからますます北上して遂には周極星となりますが、この程度の彗星が眼視で確認できるでしょうか。適当なコメットシーカーで観測できたら捜索者としてかなり有望ではないでしょうか。私は見た瞬間1978年に一度現れて姿を消した「デニング・藤川彗星」を思い起こしました。明るさも形状も良く似ていました。無論彗星は別物で関係ありません。

2006年10月29日

去り行くレビー彗星

 10月下旬と言うのにこの暑さはどうした事でしょうか。昼間は太陽が南にやや傾いた関係で強い日差しが部屋に差し込んで今でも毎日冷房をやっています。そして今日芸西の天文台に来るのにも、車の中で冷房をつけていました。夜のドームの中も25℃くらいで、朝まで半そで姿での観測です。いま牡牛座の流星群が活動しているのでしょうか、時折速い火球が長い尾を引いて飛びました。
 60cm反射望遠鏡は牡牛座附近の衝の位置を長時間かけて掃天しています。これとは別にスライドルーフの第3の小屋では彗星の捜索です。その脇では35mmカメラを使っての流星のパトロールです。観測はいつもこのように二刀流三刀流になります。その間30mほどはなれた2つのドームを行き来すること数十回、可也の運動です。
 経緯台による捜索は最近マゼラン社から入手した(最近と言っても3年ほど前)ナビのおかげで位置の設定が随分と楽になりました。赤道儀ならともかくコメットシーカーは経緯台ですから、今見ている天体の赤経、赤緯がわかりません。昔ニコンの12cm双眼鏡を使っていた頃は方位環と高度環による地平座標から天体の赤道座標に換算して目的の天体の位置を求めていました。この方法ですとスケッチ程度の精度は十分にあり、安心できますが、遅いことが難でした。いまのナビゲーターは実に小さいながら、捜索している位置を次々に表示して行きます。最初の2つの恒星による設定が巧く行けば10分角以内の精度で目的星の位置を表してくれますので、さらに精密な観測が必要なら隣の広角の赤道儀に誘導して写真をとれば完璧です。21cmカメラの写野は5度ありますから、確実に捕らえます。要するに怪しい天体を捕らえた場合、その概略位置を知ることが大変でしかも大事なのです。無論次々に入ってくる星団や星雲の星図上でもチェックできる精度を持っています。昔大変だったことが、いまはエレクトロ技術の発展によって可能になりました。然し便利なものが出来たからと言って発見が増すわけではありません。やはり究極は努力です。馬力です。そして忍耐です。
 こうして延々7時間。朝になってレビー彗星P/2006 T1に60cmを向けました。ひところより暗くコマは小さく貧弱になって今にも崩壊しそうなイメージです。全光度は12.5等で尾は見られず細長いコマの中に前後2つの核があるようにみえました。同じ方向に見えているC/2006 L1の丸い小さなしかっりとしたコマと対象的でした。間もなく眼界から去ります。もう一夜撮影して確りした位置を測定してみましよう。重力外の作用で軌道要素と微妙にずれてきたような気がしますが、これは計算者の仕事の世界です。
 観測を終わって、山を降りる時に見た林の間のオリオンと大犬の輝きの凄さは忘れられません。歩道にしばし立ち止まってうっとりとして眺めていました。蒼い大きなシリウスがまるで線香花火の最後の球のようにぶら下がって微動だにしませんので、よほど大気は安定していたのでしょう。
 ああ、星を愛する人にとっての最高の時間でした。

2006年06月13日

41P/Tuttle-Giacobini-Kresak

 とっくに梅雨に入っているのですが、なかなか降りません。満月の後の観測を、と思って度々天文台に行くのですが、お天気も完璧ではなく、面白くありません。
 いまタットル・ジャコビニ・クレサック彗星が近日点の近くに在ります。この彗星は1973年に回帰したとき、14~15等の予報が出ていましたが、近日点に近い6月に4等という爆発的な明るさになりました。スミソニアンから問い合わせの電報が各地に発せられましたが、これは新彗星の出現ではなく、当のタットル・ジャコビニ・クレサック彗星が爆発的な増光を見せたものであることが判明しました。然し立派な尾を引いた彗星も日本では梅雨の最中で、観測されませんでした。
 ここで発見者の1人チェコのクレサク博士がこのときの爆発に触れ「恐らく彗星はエネルギーの大半を失ったので、もう再発見は不可能であろう」との見解を発表しました。それから5年余り経ち、1978年の秋11月、発表された予報は15等級で明け方の空でした。彗星はその予報どおりの明るさで芸西で検出されました。金星のすぐそばで、最初は金星のゴーストかと思っていましたが、その後の観測でもチャンと写っていました。いまは1973年に異常に増光したときと同じ6月の近日点の近く。再び同じような変化が見られるかもしれないと、明月の中でも監視を続けています。しかし彗星は14等級の明るさで、足早に立ち去ろうとしています。
 暑くなりましたので、先に村岡さんがエジプト日食に行ったとき買ってきてくださったシャツを着はじめました。胸の字は「セキ」と読むそうです。


2006年05月21日

73P彗星のアンチテール

 まるで梅雨のような雨天が続きました。天気図は梅雨前線が横たわって完全な梅雨型ですが、平年より20日も早いので入梅とはいかないでしょう。
 5月20日は午後から久し振りの晴天となり、天文台に向かいました。22時ごろから60cm反射望遠鏡による掃天を始め、下弦の月が昇る21日の午前2時過ぎまで頑張りました。
 興味はその後のシュワスマン・ワハマン3彗星ですが、固有運動が速くなってアッと言う間に東に低くなりました。南下が早いですね。春独得のもやの中に明月があって20cm屈折望遠鏡といえども非常に見にくい観測となりました。
 C核は8.1等星で芯がしっかりしています。珍しく60cmの写真ではP.A.50度に短い、そして鋭いアンチテールが出ています。無論本来の尾はあります。そしてB核はと見れば8.5等級の暗さで何だか芯の無い残骸のような姿。然し尾は見えます。僅かの間に暗くなったものですね。
 以上の観測は21日の2時30分です。もう少し月が小さくなればもっと良い写真が撮れるかもしれません。

シュワスマン・ワハマン3彗星のC核
73P-C/Schwassmann-Wachmann 3
2006年5月21日 2時51分から1分間露出
60cm F3.5反射望遠鏡 TMY 400フィルム
右方向に本来の尾、左方向にアンチテール

2006年05月11日

月下の彗星花と咲く

 5月10日の夜遅く天文台にやってきました。途中珍しく警察の大規模な検問にかかりました。15年間無事故、無違反の免許証を見せました。「何処へ行かれるのですか?」と言う質問に対して「天文台です」と答えると素性がわかって事は面倒と、ただ「芸西村へ」とこたえて通り抜けました。
 天文台の丘からの太平洋の眺めは、満月に近い月光を浴びて、美しいと言うより壮絶な景観でした。幻想的な青です。その月下の神秘的な光の中に異常増光したシュワスマン・ワハマン3彗星のB核が異様に大きく明るく輝いていました。
 写真は3分間ガイドしたイメージで、地球にいま一番接近して固有運動が早くなっている様子がわかります。核は鋭くコマは扇形に拡がって、極く最近彗星に異常な爆発が起ったような奇観です。このときC核はとテレスコを操って見ると、メインのC核はB核に比べて全くちっぽけで問題になりません。明らかにコマの大きさはB核の5分の3以下。光度も1.5等は暗いようです。明月の中ですからこれが本当で、B核の方が異常なのです。天文台の川添講師は自宅で肉眼で観ました。私は7x50の双眼鏡で楽々と眺めました。若し月が無くなったら恐らく尾も肉眼でありありと見られるでしょう。ズバリ全光度は4.5等!コマ中心部は5等級ですが、全体を集めると結構明るく、4等級でないと肉眼では見えません。双眼鏡では恒星と比較して結構明るい結果を得ます。
 時々発生するむら雲になやまされ、早々と引き揚げました。
 なお眼視観測の時刻は5月11日午前1時30分です。
 今日予定されていた芸西での特別観測会は雨模様のため中止になりました。

シュワスマン・ワハマン3彗星のB核
73P-B/Schwassmann-Wachmann 3
2006年5月11日 1時21分から3分間露出
60cm F3.5反射望遠鏡 TX 400フィルム

2006年04月30日

明るさの競い合いをするシュワスマン・ワハマン3彗星のB核とC核

 今夜も黄砂か霞みかの非常に悪い透明度の中天文台にやって来ました。5kmくらい彼方の山が煙って空との輪郭が見えません。そんな中観測を強行しました。
 先の宇都宮省吾(うつのみや しょうご)さんのメールにもありましたように、シュワスマン・ワハマン3彗星のB核の模様が変わっています。それまで細長い尖鋭な核で、コマは非常に拡散して、ついに核の分裂という事態に追い込まれたのですが、小さないくつかの恒星状の核だけが残り、ついには消滅して行くのかと思っていたのですが、「どっこい生きているぜ」と言わんばかりに丸いコマが堂々と輝いているのです。星が天頂付近に来た25時30分には20cm60xRによる私の目測では7.9等、その時C核は逆に0.2等暗い8.1等と見ましたがいかがでしょうか。まるで明るさの競い合いをやっているようです。またしてもB核がわずかながらC核を上まわったわけですが、不思議なことにこの時刻にその現象が起ったような気がしました。本来のC核はフワッとしたB核のコマと違って非常に鋭い尖ったコマで、本来のイメージを失っていません。この日ヘルクレス座にあって、彗星のすぐ側に輝いている恒星は同星座のゼータ星(3等)です。もうそろそろこの恒星とどっこいどっこいの明るさになって欲しかったのですが、恒星の影になったせいか手持ちの双眼鏡では見えませんでした。このままで行けば5月中旬には最高で5~6等星でしょうか?
 この日カラーでも撮影しましたので、いずれこのHPの「芸西天文台通信」にてお目にかけます。

シュワスマン・ワハマン3彗星のC核とヘルクレス座のゼータ星
2006年5月1日1時13分から4分間露出
60cm F3.5反射望遠鏡
トライX 400 フィルム

2006年04月17日

シュワスマン・ワハマン3彗星のB核に変化が現れました

 モンゴルあたりからの黄砂が16日に上海の街を襲ったニュースがA新聞に出ていました。この日は非常に青く良く晴れていたのですが、その1日後の17日の夕刻から日本にもやってき始めたのか、途端に空は一面の薄雲にでも覆われたかのごとく曇り始め、天文台では西に落ち行く夕日が、まるで白昼見る満月の如くうっすらと山並みにかかっていました。今年は冬型の気候が続いているためか、全く時期外れの黄砂です。夜に入っても同じで1等星がうっすらとして力なく輝いていました。しかしこのような晩でただ1つ良い事はシーイングが抜群に良い事です。ガイド星は針の如く小さな点像となって微動だにしません。惑星の観測にはもってこいの気象条件だろうと思いました。

 さて成り行きが注目されているシュワスマン・ワハマン3彗星ですが、分裂核のB核が、これまで一番明るく本命とされてきたC核より明るくなっていたのですが、やはり崩れ始めたようで、この夜の観測では、約0.5等暗くなっていました。C核の方は20cmで8.3等星として、しっかりと見えていたなですが、B核の方はかすかな8.8等星で核がぼやけて、しかも進行方向に長く伸び、大変見難くなっていました。今、正に分裂しつつあるのかもしれません。薄いですがコマの周りにはガスがボーッと広く取り巻いているようです。つまり芯がなく拡散を始めたのだと思います。写真はほぼ同じ条件で撮ったB核とC核です。C核の丸いしっかりした様子に注目してください。

シュワスマン・ワハマン3彗星のB核
73P-B/Schwassmann-Wachmann 3
2006年4月17日 21時27分から3分間露出
60cm F3.5反射望遠鏡 Acros 100フィルム



シュワスマン・ワハマン3彗星のC核
73P-C/Schwassmann-Wachmann 3
2006年4月17日 21時33分から2分間露出
60cm F3.5反射望遠鏡 Acros 100フィルム

 天文台のドームは先日来、岡村講師とすずめの巣を取り除き、やっと電動で閉まるようになりました。治ってホット一息入れて見上げていましたら、早くも待ちかねたように2羽の雀がスーッと飛んできて、ドームのふところに入りました。私はこのとき「権兵衛が
種まきゃカラスがほぜくる、、、、、」という、昔のことわざを思い出しておかしくなりました。

2005年07月15日

C/2005 N1を観測しました。

 朝から見事な快晴となりました。恐らく今日で四国地方の梅雨は明けたものと思います。
 昨夜遅くから久しぶりに天文台にやって来て観測しました。宵のうちは風の無い雲の多いお天気でしたが、夜が更けるに従って快晴となりました。朝の捜索でペルセウスの二重星団やおうし座のスバルなんかも見ました。心が洗われるような美しさでした。特にスバルは今年初めてで懐かしい眺めでした。たしか1964年7月初めに「第二池谷彗星」が発見されたのですが、それはこのおうし座のヒアデス星団の中だったように思います。15cm反射で光度は7等でした。
 さて7月に入ってもプロによる暗い彗星が発見されていますが、今朝は中でも明るいC/2005 N1を観測しました。
2005UT           RA  (2000.0)  Degl.       m1
July14.71493  04 11 21.39  +42 50 26.7    14.5     372
    14.72371  04 11 24.04  +42 50 46.6    14.3     372
    14.75000  04 11 32.25  +42 51 47.3    14.2     372
 第3の観測中、東天の低空に薄雲が発生し多少観測の精度に影響したかも知れません。しかし全体の精度は良く、最初に発表されたIAUの暫定軌道要素から70”ほど外れています。イメージは小さな拡散状で核はしっかりしています。
 相変わらず暑いですね。しかしスバルも日ごとに東天に高くなりやがて8月のペルセウス流星雨を見る頃には夜は涼しくなって秋を感ずるようになるでしょう。いつかマウナケアの頂上で見たような「天の河」が芸西の空に懸かっています。