テイラー彗星(69P/Taylor)の話
今は常連の「テイラー彗星」ですが、1916年に発見されてから61年間に渉る長い雲隠れの時代がありました。
この彗星の軌道については、日本では東の神田茂氏(日本天文研究会)や西の樋上敏一氏(京都大学花山天文台)による摂動計算が行われ、接近時には度々位置予報が発表されました。然し今と違って卓上計算機や対数計算による手計算の時代で、象限を間違えるような大きなミスもあったりしてなかなか能率が挙がりませんでした。しかし彗星の方は一定の明るさを保ちながら、その間何回かの公転を繰り返していたと信じます。1950年代には私も神田氏の発表した予報に従い秋のふたご座あたりを15cmのコメットシーカーで捜索した事を記憶しています。無論それは自宅の在る高知市でした。あの頃は11等クラスの彗星も見える良い空だったのです。(予報光度は9〜10等級)。
事態が動いたのは、やはりマースデンが登場してからでした。1976年頃BAAのハンドブックに位置予報が発表され、かつての神田氏の予報とは、相当な差異があったことが認められました。当時は今のように日付を詰めての完璧な摂動計算が出来なかったのです。
芸西に設置したばかりの40cmのコメット鏡は早速BAAの予報に従って捜索しセンターからそれほど遠くない位置に丸いほんのりとした光芒を見つけました。これが実に発見から61年ぶりに輝いたテイラー彗星そのものだったのです!移動確認のため1日待機しているところへ、パロマー山の122cmシユミットカメラによる検出の電報が届きました。当時は15等星かと思っていましたが、いま改めて測定するとGSCとの比較で13等です。大きなニュースでした。電話のあちらでの香西洋樹氏の興奮した声が今でも耳の底に残っています。
コメット鏡はこの翌年また大きな獲物を引っ掛けてその存在をアピールすることになるのです。世界一の悪いピントとモータードライブで!
69P/Taylor
1977UT RA (2000.0) Decl. m1
Jan.14.62257 06 32 14.46 +21 08 28.9 13.1 372
69P/Taylor
1977年1月14日 23時49分(J.S.T)から15分間露出
40cm F5反射鏡
FLO-U乾板