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彗星が輝くとき

U 芸西天文台での観測

 高知県安芸郡芸西村の天文台(高知県立芸西天文台)ではヘール・ボップ彗星の出現当初から観測を続けてきた。この天文台は”県立”となっているが、郷土出身の五藤斉三氏の寄付によって設立された天文台である。拙著<宇宙の放浪者>で詳述したが、五藤氏は初代の五藤光学研究所の所長であり、天体望遠鏡作りに極めて熱心だった人。同光学会社は今ではプラネタリウムに専念しているが、1970年代に五藤光学の総力を挙げて製作した同社最大の天体望遠鏡である。

 この60cm反射望遠鏡で多くの小惑星や周期彗星を発見してきたが、五藤氏にとっても私にとっても忘れられないのは1984年9月のハレー彗星日本最初発見に貢献したことである。今でこそCCD応用によって暗い天体が観測しやすくなったが、当時写真によって20等星を検出することは至難のわざであった。

[芸西天文台のドームとヘール・ボップ彗星の写真]
No.4 芸西天文台のドームとヘール・ボップ彗星
(1997年3月18日AM5時)
50mmF1.7レンズにて静止20秒(ISO400)

 ハレー彗星を2回見たいという五藤氏の夢はかなわなかったが、五藤斉三氏在命中に小惑星”Goto”を発見できたのは幸いであった。今では奥方の留子さんとお孫さんで現社長の隆一郎氏も同社の70周年を記念して命名し、スミソニアン天文台の小惑星センターに登録されている。

 さて、夕空から暁の空に回ったヘール・ボップ彗星は次第に輝きを増し始めた。公害で明るい夕空にくらべて、明け方の方が好条件だったせいもあるが、尾も次第に発展するようになり、2月にはかなり立派な姿となった。

 私たちの東亜天文学会彗星課でも多くの会員から観測が寄せられるようになった。中でも明石市の長田貴氏は百武氏が彗星を発見したのと同じ口径15cm 25×の双眼望遠鏡を駆使して多くの精密な光度観測と共に、芸術的と思える美しいスケッチを数十枚も送ってきた。神戸市の田村竜一氏は光度・形状の報告の他に300mm望遠レンズで撮った見事な写真を寄せられた。また須賀川市の佐藤裕久氏も熱心な観測者であり、主に7×50の双眼鏡で自ら観測する傍ら、彗星課に寄せられた多数の光度観測から太陽からの距離と明るさの相関グラフを引いて、実験式を組み立て、ヘール・ボップ彗星の未来の明るさを予測した。たしかに佐藤氏の予報に極めて忠実に彗星は増光を見せてきたのである。
[ヘール・ボップ彗星の写真]
No.5 芸西天文台の東の森を昇って来る
ヘール・ボップ。
左側のイオンの尾は15°あった。
(1997年3月7日AM4時30分)

 佐藤氏の予報し
た光度式では3月
下旬頃の-0.4等く
らいが最大であっ
た。しかし実際に
ははるかにこれを
上回るかもしれな
い。なぜならホウ
キ星は太陽や地
球に接近すると、
その体積が大きく
なり、今までの例
だと、大概が1〜2
等、予報より明る
くなっているからで
ある。しかしホウ
キ星というのもは
実に気まぐれで将
来の正しい予報を下すことが困難なものである。

 芸西天文台では連日その光跡(天空上での位置)を記録すると共に、60cm主砲や21cmF3の広角カメラを駆使してたくさんの写真を撮った一般への呼びかけで何回か公開観測会を開いて多くの人が集まった。1986年のハレー彗星の見えている夜なんか1晩に2,000人が押しかけてくるという驚くべき現象が起こったが、実際にレンズを覗いた人はその1割にも足りなかった。そして今もわんさと人。ハレー彗星やヘール・ボップ彗星の去った後はまた花見客のように天体のことは忘れられるのだろうか。

 さて、ここで特筆すべき面白い現象がある。去る1997年3月9日、日本で部分日食が起こった。モンゴルやシベリヤの一部では皆既日食となり、同時にヘール・ボップ彗星も見られるかもしれないというので、日本からも多くの天文家や報道関係者が出かけて行った。四国では60%程度の部分食だからホウキ星が見られるはずがない。しかし白昼でも芸西の天文台では正しく望遠鏡を誘導してやれば1等星くらいは楽に見られるのである。モンゴルで白昼彗星を見るのなら芸西でもと、当日快晴であったのを幸い、午前9時50分、20cm屈折鏡を向けたのである。日食中でも、そらは予想以上に明るくヘール・ボップ彗星のキャッチは困難かと思われたが、じっと見つめること15分。私は見た!レンズの中に三日月状に輝くヘール・ボップ彗星の奇妙に曲がった核を!!確かに見えたのであるが、ホウキ星は大体がモーローとした天体であるから同じ1等星でも極度に見にくいものである。このような経験もあって、最近のヘール・ボップ彗星は日没後すぐに望遠鏡に導入して眺めている。

[ヘール・ボップ彗星の写真]
No.6 1997年3月9日、部分日食中に幽かに見えた
白昼のヘール・ボップ彗星。
20cmF12屈折にて。
 今回のヘール・ボップ彗星は一瞬にして地球のそばを駈け抜けた百武彗星とちがって2ヶ月以上も肉眼で見えつづけるという大変息の長い彗星であった。ハレー彗星や百武彗星で失敗した人も今回は成功したに違いない。多くの人たちから確かな手応えがあったのである。



Copyright (C) 1999 Tsutomu Seki. (関勉)