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   <title>星雑草（気まぐれ日記）</title>
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   <title>芸西3人組が集まりました</title>
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   <published>2008-05-03T14:00:00Z</published>
   <updated>2008-05-07T23:09:31Z</updated>
   
   <summary>　永い”冬眠”が覚めると、春たけなわです。なんと今日は最高で30℃近くもありまし...</summary>
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   <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://comet-seki.net/diary/">
      <![CDATA[　永い”冬眠”が覚めると、春たけなわです。なんと今日は最高で30℃近くもありました。<br>
　芸西の新天文台を担う3人組が集まりました。「プロジエクトGeisei」のメンバーで、計算の村岡健治と、CCD観測屋の下元繁男、それにいつも極道屋で彗星を探す関勉の3人です。折からの星月夜の下、ドームの中では、新70cmの経緯台を操作して、CCDの画像を楽しく眺めました。C/2008 H1の彗星も撮りましたが、北天に高い大熊座のM51のCCDによるカラー撮影は結構迫力がありました。それもその筈70cmは5000mmも焦点があるのです。焦点が長くても、運転精度は問題ありません。あらゆる天体の導入精度も、極めて正確です。あと、筒内気流とCCD接続部での視野のけられ、それに合成焦点のF値の暗さ(F7.3)等、いくつかの問題点を残していますが、これから約1ヶ月かけて、メーカーによって改善されていく段取りです。<br>
　村岡さんが先に帰られてから後、下元さんと昔話をしながら観測しました。下元さんは長谷川大兄から昔懐かしい手回しの計算機を譲り受けたそうですが、私もその機械による軌道計算の長い時代があり、約250個の小惑星の円軌道を計算したことや、1955年ごろ行方不明中だった「ぺライン彗星」の予報を長谷川氏と手分けして計算したことなど語りました。神戸と高知で、計算機がジャンジャンと高い音を立てて回っていたという、滑稽にしてよき時代でした。天体までの距離を決定するための、ガウスの四次方程式の解までも工夫しながら計算したのです。<br>
　下元さんが帰ったあともドームに居残り、今度は銀塩の写真で、彗星をパトロールしました。傍らスライドルーフでは、15cmの双眼鏡で久々に明けなずむ東天を捜索、懐かしいM31の光芒を見ました。低空には幽かにモヤがありました。<br>
<br>
<div align="center"><img src="http://comet-seki.net/Photo/D20080503.jpg" width="400" height="269" border="0"><br>
<br>
</div>
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   <title>60ｃｍ最後の観測は小島彗星となりました</title>
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   <published>2008-02-11T14:00:00Z</published>
   <updated>2008-02-14T12:23:50Z</updated>
   
   <summary>　下元さんが、ファーストライトに対し、最後の観測のことを「ラストライト」という表...</summary>
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      <![CDATA[　下元さんが、ファーストライトに対し、最後の観測のことを「<a href="http://www.comet-web.net/mira/mt/2008/02/post_180.html" target="_blank">ラストライト</a>」という表現をしていましたが、正に60ｃｍ反射望遠鏡の最後の観測は、今明け方の空に輝いている小島周期彗星（70P/Kojima)になりました。<br>
　芸西の天文台は1981年にスタートしてから一体何千枚の写真を撮影したのか？とにかくその最後のコマが小島彗星となり、その映像をここにお眼にかける次第です。<br>
　1971年の小島彗星の発見には些か面白いエピソードがあり、それは近日このホームページの「ノンフイクション劇場」にて発表しますが、この発見が、今日まで続いている「彗星会議」の記念すべき第一回の発火点となったことは案外知られていないようです。長谷川一郎氏が編集発行していた「山本速報」の第1733号に、彗星会議第一回の発起人として（関　勉、小島信久、長谷川一郎）の名があります。<br>
　さて永い間行方不明になっているネウイミン第2彗星（25D/Neujmin 2）と小島彗星との関連も面白いですね。全く別物と判定された今も、ネウイミン第2彗星が、小島彗星に化けてしまった、と思いたくなるほどに、この両者は軌道が似ていました。<br>
　小島さんとは、また最近連絡がつき、25cm+CCDの画像が送られてきます。&quot;夢よもう一度&quot;というか、再び新発見への意欲を燃やしておられるようです。<br>
　芸西の60ｃｍ反射望遠鏡は2月13日からこれを作った五藤光学が入り撤去作業が進められています。ガランとした天文台の空には相変わらぬ美しい星空が輝き続けることでしょう。去り行く60ｃｍ反射望遠鏡への思いを語ったNHKのラジオ深夜便は3月10日に再放送されることになりました。<br>
<div align="center"><img src="http://comet-seki.net/Photo/70P_D20080211.jpg" width="400" height="325" border="0"><br>
70P/Kojima（小島周期彗星）<br>
2008年2月11日　1時41分から20分間露出(J.S.T)<br>
60cm F3.5反射　Fuji Acros 100フィルム<br>
<br>
これが60cm反射望遠鏡の最後の写真となりました<br>
</div>
<br>
関連<br>
　<a href="http://comet-seki.net/Tuusin/021107.html">芸西天文台通信2002年11月7日</a><br>
]]>
      
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   <title>なかなかしぶといホームズ彗星</title>
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   <published>2008-02-08T14:00:00Z</published>
   <updated>2008-02-12T10:51:48Z</updated>
   
   <summary>　なかなかしぶとい彗星ですね。 　ここ芸西天文台では、まだ肉眼で悠々と見えていま...</summary>
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   <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://comet-seki.net/diary/">
      <![CDATA[　なかなかしぶとい彗星ですね。<br>
　ここ芸西天文台では、まだ肉眼で悠々と見えています。<br>
　コマは大きくまるで綿菓子のように膨らみ、2月8日に関が70mm10ｘの双眼鏡で見たところ、5.1度の視野の三分の一もありました。1.7度というところでしょうか。しかし20ｃｍ40ｘの屈折鏡で見ても、拡散したコマは全然見えません。肉眼か明るい双眼鏡の世界です。<br>
　こうなると全光度の推定が大変に難しくなります。例えば三角座のM33は7等星の銀河と言われていますが、私が30年ほど前に岡山天体物理観測所の188ｃｍ反射望遠鏡を覗いたところ、大変に暗い天体でした。しかし芸西では肉眼で幽かに見えるのです。全く信じられないことですが、このようなことが現実にあるのです。今回の異常に拡散したホームズ彗星は、そのコマ全体の暗い輝きを、もし一点に集めたとしたら、意外と明るい光度になるかもしれません。これが全光度と言うものです。
<br>
　このつかみ所のないモーローとしたホームズ彗星を見ている時、ふと地球の第二衛星のことを思い出しました。もうかれこれ40年にもなるでしょうか。ある天文学者が月から90度はなれた所に力学的にいって宇宙のチリのような天体が集まって、モーローとした地球の第二の月を形造っている、と言って自らチェコスロバキア（現・スロバキア）のタトラ山中の非常に空の暗い山に入り35ｍｍカメラで確認した、というのです。このことが一般に広まるようになって、猟奇な事件に興味を持つＩkeさんが早速F値の明るいレンズの付いた35ｍｍカメラを持って冬の凍る石槌山系（1982ｍ）に上がり撮影を試みたのです。イケヤ・セキ彗星の発見されたすぐ後のことで、彗星が白昼太陽のコロナの中に入ったときには、海に山に、まさに東奔西走の活躍を続け、時には大変な危険をも犯して、”天文冒険家Ike”の名をほしいままにしました。<br>
　暗くモーローとしたホームズ彗星をじっと目を凝らして見ているとき、あのときの第二の月も丁度このようなイメージかもしれないと思い、ふとあの頃のことを懐かしく思い出してしまいました。<br>
<br>
<div align="center"><img src="http://comet-seki.net/Photo/17P_D20080125.jpg" width="400" height="280" border="0"><br>
17P/Holmes（ホームズ彗星）<br>
中央の明るい星はペルセウス座のベータ星で、<br>
その左にある拡散した幽かな光芒がホームズ彗星<br>
2008年1月25日　20時00分から10分間露出(J.S.T)<br>
Nikon FM 135mm F2.0　Fuji 1600フィルム<br>
</div>]]>
      
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   <title>ホームズ彗星は依然肉眼で見えています</title>
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   <published>2008-01-03T14:00:00Z</published>
   <updated>2008-01-07T11:59:23Z</updated>
   
   <summary>　昨年10月、大増光したホームズ彗星ですが、新年に入っても北天に肉眼で見えていま...</summary>
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   <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://comet-seki.net/diary/">
      <![CDATA[　昨年10月、大増光したホームズ彗星ですが、新年に入っても北天に肉眼で見えています。1月の3日、21時、肉眼で観察すると、彗星はペルセウス座の二重星団より明らかに暗くなりましたが、アンドロメダ座の銀河M31より僅かに暗いと思われる3.9等星でした。彗星は太陽から離れるに従って、当然暗くなるのですが、12月中旬ごろから、それほど全光度が落ちないのは、コマが暗くなりながらも、拡大して行くことによって、輝く面積が大きくなるため、それほど表面の輝度が落ちないものと推察されます。しかし60ｃｍ反射望遠鏡で覗くと中心の核はドンドンと暗くなり、今は13等以下に落ちました。その恒星状の核は小さなコマを伴っており、大きなコマの中に小彗星が見えるという、甚だ奇観を呈しています。21ｃｍ
F3.0のイプシロンで撮った外コマの直径はなんと71′もありました。<br>
　今度回帰するときには、外の大きなコマは消滅して、中の小彗星が帰ってくることでしょう。果たして、それはどの様なイメージか、そして光度は？再来が待たれます。<br>
　写真は明るい21ｃｍのイプシロンで撮ったモノクロの写真ですが、淡いながらも奇怪なコマが写っており、中心にかすかに核が見えています。<br>
<br>
<div align="center"><img src="http://comet-seki.net/Photo/17P_D20080103.jpg" width="400" height="287" border="0"><br>
17P/Holmes（ホームズ彗星）<br>
2008年1月3日　21時20分から17分間露出(J.S.T)<br>
21cm F3.0反射　ISO 1600フィルム<br>
</div>
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   <title>ホームズ彗星が大きく拡散しました</title>
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   <published>2007-12-06T14:00:00Z</published>
   <updated>2007-12-06T17:20:33Z</updated>
   
   <summary>　今日はNHK高知放送局の内アナウンサーと天文台へ行きました。これは1月に放送さ...</summary>
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      <![CDATA[　今日はNHK高知放送局の内アナウンサーと天文台へ行きました。これは1月に放送される予定の「ラジオ深夜便」の現地での打ち合わせのためです。丁度天文台には西村製作所の川内営業部長らが来てドームを点検していました。「ラジオ深夜便」は1月の下旬にドームの中から約40分間天文をしゃべることになっています。芸西ならではの、取っておきの話です。川内さんによると芸西の70ｃｍ鏡は、今ロシアで研磨が進められており、多分2月から現地での工事が始まるとのことです。<br>
　日が暮れると早々にホームズ彗星が見え始めました。肉眼でみると、近くの3等星と余り引けを取らない明るさで輝いていますが、例によって20ｃｍの屈折40ｘで覗くとコマは全く薄れて見えません。60ｃｍ
Ｆ4の写真にも写りません。しかし、10ｘ70の双眼鏡や肉眼ではありありと見えています。18時30分に観測した結果では全光度3.2等、コマは視野5.1度の双眼鏡の1/6程度で、50′とみました。DCは4、Transとseeingは共に3/5でした。彗星はまだまだ薄れながらも、ますます拡大し、年内は肉眼で見え続けるかもしれません。<br>
　このほか8P/Tuttleは20ｃｍでよく見える10等星となりました。低気圧の接近で20時ごろから雲が多くなり引き上げました。<br>]]>
      
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   <title>火星と金星が明るくなりました</title>
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   <published>2007-11-19T14:00:00Z</published>
   <updated>2007-12-03T10:55:55Z</updated>
   
   <summary>　ホームズ彗星が依然として北空のペルセウス座に肉眼で見えています。北に高いので、...</summary>
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   <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://comet-seki.net/diary/">
      <![CDATA[　ホームズ彗星が依然として北空のペルセウス座に肉眼で見えています。北に高いので、ほとんど一晩中見えるのは楽しいことです。そして光度や形状、更に色の変化も結構楽しませてくれます。尾ほ依然として短い「クラゲ」のような格好ですが、コマは更に淡く膨らんできて、まるで霧のような様相を呈しはじめました。<br>
 「芸西天文台通信」のページに発表した写真は、コマが半透明のもっとも美しい頃のものです。この頃はまだコマの輪郭がはっきりしていました。<br>
<br>
　さて12月下旬に大接近する火星ですが、いよいよ赤さを増してきました。いま双子座にあって、ひときわ明るく輝いています。<br>
　そして、夜明けの近い5時前になると、西方最大離隔に近い金星が煌々と、断然白い光を見せはじめます。彗星の捜索をやっていても、その明るさが気になります。<br>
<br>
　芸西の天文台では、現行の60cmの最後の観測会が12月22日に行なわれます。「冬の天文教室」ですが、接近中の火星を60cmの主鏡を使って覗くことにしています。12月には火星を対象にした観測会が何回か行なわれます。見学希望者は「高知県文教協会」電話　088-824-5451　まで連絡して下さい。<br>
<br>
<div align="center"><img src="http://comet-seki.net/Photo/D20071119_1.jpg" width="416" height="278" border="0"><br>
ふたご座の火星<br>
2007年11月19日　1時33分から5分間露出<br>
55mm F2.8　ISO400<br>
<br>
<img src="http://comet-seki.net/Photo/D20071119_2.jpg" width="422" height="282" border="0"><br>
昇る金星<br>
2007年11月20日　4時20分から20分間露出<br>
55mm F2.8　ISO400<br>
</div>]]>
      
   </content>
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   <title>空にホームズ彗星、地上にも「ホームズ」</title>
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   <published>2007-11-13T14:00:00Z</published>
   <updated>2007-11-20T10:40:22Z</updated>
   
   <summary>　しばらく日記を休んでいる間に秋が随分進みました。 　今朝は久しぶりに東天を捜索...</summary>
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   <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://comet-seki.net/diary/">
      <![CDATA[　しばらく日記を休んでいる間に秋が随分進みました。<br>
　今朝は久しぶりに東天を捜索しました。しし座から始まって、夜明け前には、小銀河の多い「かみの毛」から「おとめ」そして「からす座」と進んでいきました。テレスコに小型のナビを取り付けたので、入ってくる彗星状天体の識別に有効でした。基準星は第一が北極星、第二が90度ほど離れた、ししのレグルスを選びました。<br>
　可也の精度で位置を表示してくれました。スケッチくらいの精度でしょうか。スカルナテ・プレソの星図でことごとくチェック出来ました。<br>
　しかし捜索しながら発見にはほど遠い観測だと思いました。天体写真のような、他の仕事をしながらの掃天ですから、本格的ではありません。発見しようと思うなら、そのことだけに集中しなくては成果が上がらないことは自分でも分っているのです。もっともっと捜索に専心したい、、、、。そのことは重々身に感じているのですが。いまの多様な観測方式ではなかなかできません。彗星発見のみを意識して若き純粋な情熱を捧げたあの頃を懐かしく思います。<br>
　「シャーロック　ホームズ」の怪奇小説を読んでいたら、天上にも「ホームズ」があらわれ、奇怪な行動に出ました。シャーロック　ホームズの物語はイギリスのロンドンが舞台ですが、星の「ホームズ」の方も、1892年、小説が書かれた頃のロンドンで発見されました。発見の年にも異常な増光があって、アンドロメダ座のM31の側に4～5等星で輝きました。本来が明るい彗星であって、その後の100年間光度を落としていたのか、或いは暗いものが、太陽活動等の影響で、まれに突然明るくなるのか、その点は判然としませんが、恐らく後者の方でしょう。いずれにしても、頭上に明るい彗星が輝く下での捜索は楽しいものです。この日11月12日、23時の50ｍｍ双眼鏡による私の観測では、全光度2.6等。コマ30分角。色は青白で尾はわずかに西北に流れているようでした。増光の始まった頃の美しい黄金色のコマとは違った彗星らしいブルーでした。芸西での60ｃｍによるカラーの写真は、近日「芸西天文台通信」のページにてお眼にかけます。]]>
      
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   <title>宇宙に浮かぶ奇怪なクラゲ「ホームズ彗星」</title>
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   <published>2007-11-12T14:00:00Z</published>
   <updated>2007-11-15T22:58:41Z</updated>
   
   <summary>　11月11日の朝、2時ごろのイプシロン21ｃｍによる撮影です。 　彗星は、ペル...</summary>
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         <category term="0500 観測データ" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
   
   
   <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://comet-seki.net/diary/">
      <![CDATA[　11月11日の朝、2時ごろのイプシロン21ｃｍによる撮影です。<br>
　彗星は、ペルセウス座の1.8等星アルファより明るく写っています。眼視による光度は2.5等で、コマは大きく拡大され、月と同じ30′近くもありました。美しいグリーンです。尾は大勢が太陽との関係であちら側に流れていますから、明確ではありませんが、コマの形からして、やや西に出ているようです。まさに「宇宙に浮かぶ奇怪なクラゲ」です。<br>
　先月末、謎の大爆発を起こしてそれまでの17等級から、一挙に2等星までアップしましたが、これは太陽光の反射だけでは説明できません。恐らく爆発によって、新星現象のように彗星自体が発光を始めたのです。そのエネルギーは測り知れないものがあります。そして、コマの色も、金色から、白、そしてブルーからグリーンへと目まぐるしく変化して行きました。彗星は、普通モーローとしているものですが、コマの輪郭がまるで、お月さんを見るようにくっきりとしていることも異常です。<br>
　この星を発見したのは1892年の、ロンドンの「ホームズ(Holmes)」ですが、この彗星の謎の多い不可解な現象から同じイギリスの怪奇探偵小説「シャーロック　ホームズの冒険」のことをふと連想しました。舞台はたしか同じロンドンでしたね。まさに奇怪な事件？の連続です。この彗星は1992年に芸西で再発見していますが、あの時も暗いだけで光度の変化は全く見られませんでした。今回は115年前の出現以来17回目の回帰です。<br>
　さて次回はこの新星現象の如く変化した彗星をカラーでお眼にかけます。私の彗星探索史上このような”事件”は初めてで「関勉の捜査日記」にしっかりと書きとめておきましょう。<br>
<br>
<div align="center"><img src="http://comet-seki.net/Photo/17P_D20071111.jpg" width="400" height="287" border="0"><br>
ペルセウス座α星のそばのホームズ彗星<br>
17P/Holmes<br>
2007年11月11日2時16分から19分間露出<br>
ε210　21cm F3反射<br>
TX400フィルム<br>
</div>
]]>
      
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   <title>私も映画好きでした</title>
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   <published>2007-10-18T14:00:00Z</published>
   <updated>2007-10-23T12:32:23Z</updated>
   
   <summary>　軌道計算家の村岡健治さんは大の映画好きですが、実は私も嘗て映画好きでした。特に...</summary>
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         <category term="9999　その他" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
   
   
   <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://comet-seki.net/diary/">
      <![CDATA[　軌道計算家の村岡健治さんは大の映画好きですが、実は私も嘗て映画好きでした。特に1950年前後の映画は良く見にいきました。<br>
　私が1960年代になって彗星を発見する前の時代です。<br>
　印象に残っている映画として、1949年ごろ作られたアメリカ映画の「第三の男」です。敗戦直後の晩秋の廃墟のウイーンの町をバックにしてのモノクロ映画の良さは忘れられません。そしてアントン・カラーのチターの名演も印象的でした。<br>
　日本映画では私が中学のとき見た1947年作の「地獄の顔」。そして黒澤明監督の「野良犬」や「酔いどれ天使」も最近になってビデオで再び見るチャンスがありました。<br>
　1942年ごろの大映の映画で第五列の恐怖を取り扱った映画で、山本智之監督の「あなたは狙われている」というのがありました。水島道太郎や月形龍之介らの主演したものですが、当時の太平洋戦争を背景にして、これほどスリルとサスペンスに満ちた作品は珍しかったように思います。私は当時小学生でしたが、恐ろしい場面では見るに絶えず思わず椅子の下に隠れたほどです。いい映画の出だしは素晴らしいものですが、この映画も関東地区のある田舎の駅に大きいトランクを提げた男が深夜に降り立って駅前の田舎道を線路沿いに歩き出すシーンがいい。この男は一体なにものなのか？そして何処へ行くのか、と最初から期待とサスペンスの連続です。<br>
　しかしこの映画はインターネットで調べても題名と配役の名が出てくるだけで全くわかりません。もしビデオやDVDなんかで今見ることができらば、こんな嬉しいことはないのですが、、、、。<br>
　実は私の家も戦時中一種の軍事工場で、スパイの暗躍がありました。いずれHPに連載中の「ホーキ星と５０年」に書くつもりですが全く映画と小説を地で行くような恐怖の物語です。（大きいトランクを持った怪しい男は私の工場にも来た、、、、、？）<br>
　さて、もう一つ映画で皆様に教えていただきたいのがあります。これも1950年前後のアメリカ映画？ですが、北海を舞台にした捕鯨船？どうしの争いと男の友情を描いた白黒の映画ですが、最後に氷山に向かって突っ込んで自爆するシーンが印象に残っています。果たして、なんという題の映画だったのでしょうか。はなはだ頼りないですが、古い方なら多くの人がご覧になって憶えていらっしゃると思います。<br>　実は私のギターの生徒にAさんという大の映画好きの方がいて、まるで映画の字引のような方で、内外の映画に精通しており、レッスンの大方は映画の話になって終るのですが、この方は私より10年ほど若いので、上記のことをご存知ないのです。Aさんは黒澤明監督とラジオで対談をやったといいますから、高知県ではかなり有名な方のようです。]]>
      
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   <title>仲秋の名月が見えました</title>
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   <published>2007-09-24T14:00:00Z</published>
   <updated>2007-09-27T03:42:40Z</updated>
   
   <summary>　いつも仲秋の明月がやってくる9月から10月初めごろはお天気がわるく、滅多に名月...</summary>
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      <![CDATA[　いつも仲秋の明月がやってくる9月から10月初めごろはお天気がわるく、滅多に名月が見えた事はありません。晴れても”月にむら雲”と言った情景が多く、ゆったりと明月を楽しんだことはありません。<br>
　月の名所桂浜も、私が20代の若い頃一度行ったきりで、その後足を運んだことがないのです。とにかく大勢の人と酒の匂いで、静かに明月を鑑賞する風情はありません。今夜の明月は珍しく晴れたので、自宅の庭で、鑑賞しました。月は南の低い屋根の上にあって、14夜ですか、少しまん丸から欠けた月でした。何時でしたか、仲秋明月と皆既月食が重なって、赤い月になったことがありましたが、夏の月は湿っぽい大気の影響か、やや赤く見えるようです。<br>
　このとき奇妙なことが起こりました。狭い庭の木立による、錯落たる影を見ているとき、そこに一輪の美しい花が咲いているのを発見しました。「月下美人」です！　数日前小さな蕾が青い葉っぱから出ているのを発見していたのですが、まさかこんなに早く咲こうとは、、、、。しかも夜空の明月に向かって、まるで、ひそかにその美しい姿を見せるかのように、咲いたのです。7月に咲いたのも確か満月に近い13夜でした。そして今夜も14夜の月。月下美人はその名のとおり明月の夜を選らんで咲くに違いありません。そして、わずか数時間咲いただけでしぼんでしまうのです。ああ、なんと言う美しくも淋しい光景でしょう。昔、ある小学校に講演に行ったとき、後で生徒たちが植えた鉢を、お礼に持って来てくれたのですが、その花が今になって咲き始めたのです。もし、今度も明月の晩に咲いたとしたら、、、、。それは決して偶然ではありません。月下美人は夜半に訪れる明月に見られるために咲いているのです。]]>
      
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   <title>対日照が見えました</title>
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   <published>2007-09-18T14:00:00Z</published>
   <updated>2007-09-26T11:11:41Z</updated>
   
   <summary>　良く晴れた初秋の夜です。秋といっても叢で虫が盛んにすだくのみで、気温はまだ夏真...</summary>
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         <category term="0400 観測の様子" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
   
   
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      <![CDATA[　良く晴れた初秋の夜です。秋といっても叢で虫が盛んにすだくのみで、気温はまだ夏真っ盛りです。<br>
　嬉しかったのは久しぶりにあの対日照がありありと眺められたことです。夏の天の川は西に傾き、その東側はバックの暗い星空です。そして、更に少し目を東に移動させていると、再び天の川に似た光芒に行き当たります。これが太陽と正確に反対側の空を白く染める「対日照」です。丁度夜半に天頂に輝くペガススの四角形と、ずーっと南方に独り輝くフォーマルハウトの中間の天空で、直径30度以上もあろうかと思われる大きな淡い光です。明るさは冬の天の川の暗い部分のさらに半分以下の光で、無論日本列島でも最高に空の良い土地でないと見られません。観測される皆さんも自分の場所で確かめてみてください。大正時代に京都で、中村要（なかむらかなめ）さんが見たのが、日本での最初の記録だったそうですが、その頃には、私の住む高知市でもきっとみえたことでしょう。昭和の始め頃には、広島県の瀬戸村に黄道光の観測所があって、本田実さんが、対日照も同時に観測して居られました。本田さんの最初の彗星発見の場所でもありました。今は、近くを高速道が走っているはずで、昔の名星空も見る影もありません。その点芸西はこうしてまだ黄道光はもとより、対日照も、見られる日があることは嬉しい限りです。これからだんだんと東に移って獅子座やおとめ座が背景にくる晩秋から冬にかけては、ますます良く輝くようになるでしょう。<br>
　さて60ｃｍ反射望遠鏡による一連の彗星観測を終えてから、15ｃｍのコメットシーカーで東天を捜索しました。今夜は小さいながらも経緯台で位置の割り出せるナビゲーターを使用しました。<br>
　そうだった！<br>
　42年前の今日は「イケヤ・セキ彗星」を発見した日でした。<br>
　視野がクロイツ族のやってくる大犬座の東に向かったとき、特に入念に見ました。発見位置付近にNGC 2506の球状星団が入ってきました。あの時は機器が9ｃｍと、小さかったので、恒星に分離できなかったけど、今回は双眼鏡でもあり、鮮やかに微光星に分解してみえました。ナビは正確にその位置を表示しています。無論「クロイツ組」はやってきません。一生に一度出会えることですら大変なのに、クロイツ族の彗星に二度も出会ったら大事です！。そのようなことを考えながら、視野はいつの間にか薄明の始まりかけた獅子座の方向に向かっていました。<br>
　最大光輝の金星の明るさには驚かされました。そして懐かしいオリオンの星座にシリウスの輝きです。こうして暑くとも季節は確実に秋に向かっていることを感じました。<br>
<br>
<div align="center"><img src="http://comet-seki.net/Photo/D20070918.jpg" width="414" height="279" border="0"><br>
昇るプレセペと金星<br>
2007年9月19日午前4時<br>
ISO400フィルム　50mmF2<br>
</div>
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   <title>川平（かひら）の海にやってきました</title>
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   <published>2007-09-16T14:00:00Z</published>
   <updated>2008-02-27T03:48:46Z</updated>
   
   <summary>　石垣島は人口数万の小さな町だそうですが、車で回る島はとても広く雄大に感じました...</summary>
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   <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://comet-seki.net/diary/">
      <![CDATA[　石垣島は人口数万の小さな町だそうですが、車で回る島はとても広く雄大に感じました。熱帯の珊瑚礁を思わす夢のような青と、やや黄ばんだ非常に小さな、まるで埃のような砂浜が印象的でした。有名な川平（かひら）の海では、遊覧船に乗って海の浅い底の、色とりどりの珊瑚や熱帯魚の群れを楽しみました。観光は天文台の副台長の宮地竹史さんと、高知新聞社から派遣された岡部記者の3人でした。<br>
　午後は町の公民館で天文講演会をもちました。聴衆のほとんどは一般の人で、期待していた若い学生たちの多くは運動会等の行事と重なって、参加出来ない人が多かったようです。また台風がやってくる9月16日。この日は42年前、「池谷・関彗星」を発見した3日前です。あの時も大きな台風に見舞われたのですが、話題は必然的に池谷・関彗星発見の話に向かいました。台風一過後の、奇跡的な晴天。わずか9cmのレンズと、手作りによるおんぼろの筒。月光下で、しかも薄明が迫りくるわずか15分間の捜索での出会い。すべてが奇跡ずくめの発見でした。そして発見から1ヶ月後の太陽突入。奇跡の生還。そして天体観測によって得られた人生観等、、、、、。<br>
　この日も市内の同じホテルに泊まりましたが、夜は地元の天文同好会の方々と普段の溜まり場で、有意義なミーティングを持つことができました。<br>
　翌17日はまたも迫り来る台風11号の大雨の中、今度は台風から逃げるように、石垣島の空港を飛び立ちました。こうして天文台の宮地さんや、八重山天文同好会の方々の親切を思い出しながら帰宅しました。<br>
<br>
<div align="center"><img src="http://comet-seki.net/Photo/D20070916_2.jpg" width="422" height="276" border="0"><br>
石垣島の海を背景に宮地竹史副台長（右）と共に<br>
<br>
<img src="http://comet-seki.net/Photo/D20070916_1.jpg" width="422" height="276" border="0"><br>
川平（かひら）の浜辺にて<br>
<br>
</div>
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   <title>石垣島天文台に来ました</title>
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   <published>2007-09-15T14:00:00Z</published>
   <updated>2007-09-26T10:50:21Z</updated>
   
   <summary>　芸西で発見した小惑星に石垣島天文台の105ｃｍの反射鏡のニックネーム「ムリカブ...</summary>
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   <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://comet-seki.net/diary/">
      <![CDATA[　芸西で発見した小惑星に石垣島天文台の105ｃｍの反射鏡のニックネーム「ムリカブシ」と命名したことから、憧れていた石垣島にやってきました。丁度行き抜けた台風を追う形での訪問となったわけです。同じ飛行機で高知新聞社の岡部記者も同行しました。<br>
　小さな飛行場では国立天文台の宮地竹史氏の出迎えを受けて、早速に海を見下ろす小高い山に立っている天文台に向かいました。この白いドームは飛行機が着陸する少し前から遠くに光って見えていました。<br>
　折から南の長い一日の夕闇が迫り、山から俯瞰する壮大な海や街の灯が美しく眺められました。天文台に配慮してナトリウム灯が多いそうで、街明かりはそれほど気になりませんでした。20時には木星が丁度南中し、さそり座や射手座が驚くほど高く眺められました。ここは北緯24度。芸西とは10度近くも低いのです。南十字は水平線上2度以上に一番南のアルファ星が見えるそうです。<br>
　105ｃｍのカセグレンによるナスミス焦点で、有効最低倍率に近い約200ｘを使って木星を覗かせてもらいました。口径が大きいので、もろにシーイングの影響を受けますが、木星の表面が明るすぎるほどに強く輝き、空気が澄んだ瞬間には、表面が絵に描いたように詳しく眺められました。東の町の光害も比較的少なく、小惑星を専門に観測している天文台の研究員によると、CCDによって20等星までは写るそうで、21等にはまだ挑戦していないとのお話でした。ガリレオ衛星も良く見えました。しかしそれは点像に近く、むかし20ｃｍで衛星の模様を見た人が居たそうですが、105ｃｍで覗く限りそれは至難の業のように思えました。惑星のスケッチというのは、その人の主観や錯覚に影響されるので、私は余り好きではありません。<br>
　南の天の川が良く見えるので、島で新星や彗星を探す人が現れたら面白いと思いました。幸いこの天文台は国立といえども民間に開放し、お互いに協力して運営されています。現にこの日も多くの見学者が、夜の観測に訪れていました。民間の中で委託された人が、その説明に当たっているようでした。天文台の指導によって、いずれは発見に貢献する人が現れるに違いない。明日の私の講演では、南の空の観測に有利なことを強調し、この地で発見に努める人が輩出する様な興味ある話にしたい、と思いました。<br>
　見学終了後、南天の星空をバックに入れて、3人で記念写真を撮りました。南からかすかに伝わってくる潮騒の響きに、何時の日にかハレー彗星を追って南方へ行った日のことを、ふと思い出しました。ああ、ここは日本列島も南の果てです。<br>
<br>
<div align="center"><img src="http://comet-seki.net/Photo/D20070915.jpg" width="400" height="269" border="0"><br>
石垣島空港にて<br>
左から宮地副台長、関、八重山星の会のメンバー<br>
</div>
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   <title>60cmに斜鏡を付けました</title>
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   <published>2007-08-29T14:00:00Z</published>
   <updated>2007-09-08T03:08:59Z</updated>
   
   <summary>　昨夜は皆既月食で芸西の天文台では観測会が催されました。 　約40人（定員いっぱ...</summary>
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   <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://comet-seki.net/diary/">
      <![CDATA[　昨夜は皆既月食で芸西の天文台では観測会が催されました。<BR>
　約40人（定員いっぱい）の参観者で賑わい、やや雲の多かったものの見事に見えました。やはり皆既中の赤い月は神秘的ですね。<BR>
　翌29日は講師の岡村啓一郎さんと、再び天文台にやってきてある作業をしました。天気予報では曇りまたは雨でしたが、お天気の予報と言うものは気象衛星が監視するようになってもなかなか当たらないものですね。今日も朝から暑い快晴でした。四国地方では向こう一週間以上も曇り雨の予報が出ていますが、そのように悪天が長く続くものでしょうか。<BR>
　これは今でも笑い話になっていますが、どっかの測候所に「黒松予報官」という人がいて天気予報を下していたそうです。しかし、昔の事ゆえなかなか当たらないので、「黒松」の名が当たらないことのシンボルにされてしまったそうです。大戦中に出征する人に上官が「お前たちは戦場に行ったら『クロマツ、クロマツ』を連呼しろ。さすれば敵の弾に当たらなくて済むだろう」と冗談を言ったと言う笑い話が残っています。<BR>
　しかしこれと反対に、ずぶの素人ですが、ある漁村の漁師は天気予報に大変長けていて、長い間の習慣から雲の様子や風向きによってその地方のお天気を見事に予報していたそうです。船で朝早く漁に出かける人はその老人の予報を何より信じて、安心して出かけていたと言います。また私が小学生のとき、自然の好きだった岡本啓先生のお話ですが、ある年の夏休みに足摺岬に近い漁港から船頭を雇って南の離島に地質の調査に出かけたそうです。天気は快晴でしたが、土地の気象に詳しい老練な船頭は、「今日の風向きだと午後にはしけるので、早く迎えに来ます」と言ったそうです。半信半疑で仕事をしていた岡本先生は、午後に入って本当に天候が悪化したので、船頭の予言は正に的中したと驚いたそうです。こうした猟師たちの長い経験に基づく予報術が文献として残らなかったことは極めて残念ですが、天気予報というものはあながち数値ばかりに頼るのではなく、現場に立ってのある程度の勘というものが必要ではないか、と思いました。<BR>
　さて天文台では今の60ｃｍ反射鏡に斜鏡を取り付ける作業を半日かかりで行いました。芸西の60ｃｍは天体写真儀ですから、ニュートン式の斜鏡を付けて横から覗く形式にしていなかったのです。天文台開所以来倉庫に眠ったままになっていた25ｃｍの副鏡を初めて装着し、60cm鏡がダイレクトに覗けるようにしました。斜鏡はなんと重量が16kgもあり高いところでの作業が困難を極めましたが、危険を犯しながら何とか装着しました。鏡筒のバランスを完全に取りました。これで今まで出来なかった60ｃｍ鏡によるあらゆる天体の眼視観測が可能となります。そして写真は6ｘ7のサイズから一回り小さな35mmのフルサイズとなります。つまり今まで20ｃｍの屈折に頼っていた眼視が本物の看板どおりの60cmで覗くこととなったわけです。<BR>
　さーて、視野平坦化レンズを取り除いた完全なパラボラ鏡のイメージがどの様なものか、近日これで写真を撮ってお眼にかけましょう。<BR>
<div align="center"><IMG src="http://comet-seki.net/Photo/D20070829.jpg" width="400" height="268" border="0"><br>
8月28日の月食<BR>
芸西天文学習館で川添晃氏写す<br>
</div>
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   <title>徳島市に出張しました</title>
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   <published>2007-08-04T14:00:00Z</published>
   <updated>2007-08-15T22:25:41Z</updated>
   
   <summary>　徳島大学工学部で恒例の「科学体験フェスティバル」があって講演のため出張しました...</summary>
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   <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://comet-seki.net/diary/">
      <![CDATA[　徳島大学工学部で恒例の「科学体験フェスティバル」があって講演のため出張しました。行きは高速を利用し帰りは192号線と、32号線の旧道を通りゆっくりと帰ってきました。久しぶりに吉野川の渓流を見ました。確か”Yoshinogawa”は芸西で発見した小惑星にあるはずです。<br>
　この催しは今回が11回目だそうですが、講演会をなにかとお世話下さった大学の森篤史先生は、有名な岐阜県のコメットハンター森敬明さんのご令息です。講演会は「彗星のなぞと彗星探し」というテーマでしたが、会場には意外と女子中学生の姿が目立ちましたので、専門的な話からはずれて、天文学を通じて、これからの若い人に夢を持たすような話をしました。聴衆のマナーがよく、熱心でしたので、つい私も時間のたつのも忘れ、多くのエピソードを交え面白いお話の境地をさ迷ってしまいました。<br>
<div align="center">
<img src="http://comet-seki.net/Photo/D20070804.jpg" width="400" height="265" border="0"><br>
中学生の目立った講演会場<br>
</div>
<br>
　講演会のあとで大学の天文部の撮影した見事な天体写真展を見せてもらいました。旧、那賀川町総合科学館の113ｃｍの反射鏡+CCDで撮った銀河の写真が光っていました。この催しは科学全般に渉っていましたので親子連れの大変な人出でした。高知県には科学館もプラネタリュームもなく、子供たちの科学に対する関心やそのレベルは他県に比べて10年以上は遅れていると思いました。高知県は昔から政治やスポ－ツは盛んですが、こと科学にいたっては駄目です。<br>
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