記事タイトル:2つの肉眼彗星 

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お名前: 上原 貞治   
SEDNA様、
 ありがとうございました。また、あの迫力満点の尾のテバット彗星が
地球から見られるのですね。1110年の彗星は、確か1827年のPons-Gambart彗星
との関係も疑われていたと思います。二またをかけているとはくせ者です。
[2004年5月29日 9時59分42秒]

お名前: SEDNA   
1861年のThatcharは6月上旬にあまり悪くない位置で近日点を迎えているはずなのですが確かに観測は抜け落ちていますね(笑
なお、Tebbuttの方はまず間違いなくC/1500H1と同一彗星とMarsdenらは指摘しています。さらにさかのぼってC/1110K1と同一の可能性もあります。
吉田誠一さんの計算によると両彗星が同一ならば次回回帰は2265年だそうです。
[2004年5月28日 23時33分24秒]

お名前: 上原 貞治   
SEDNA様のご指摘の通り、1861年のサッチャー彗星とテバット彗星もきわどいですね。
Kronkの本によれば、サッチャー彗星は5月16日に北半球の月明下で肉眼観測の
ぎりぎりであったということになっています。また南半球では7月31日まで
観測がないようです。なぜ5〜6月に観測されていないのかわかりません。
テバット彗星のほうは、5月27日に南半球で肉眼で観測されています。

 ところで、両彗星はともに周期が約400年になっていますね。さらに過去の
出現はないのでしょうか。
[2004年5月28日 22時59分30秒]

お名前: 上原 貞治   
中村様、
 どうもありがとうございます。最近はステラナビゲータを使い始めました。
 私は対数表の時代は知りませんが、三角関数表と手回し計算機を使ったことは
あります。足し算はソロバンのほうが速いですが、かけ算は手回し計算機のほうが
速かったです。でもすぐに電卓になりました。

 キロンの発見直後に、すごい天体が見つかったと思ってその軌道を求める計算を
したのを憶えています。ちょっとした軌道の計算でも数時間かかりました。今は、
発見観測と軌道がほぼ同時に発表されるので、そういう楽しみはなくなりましたね。
[2004年5月28日 22時29分41秒]

お名前: SEDNA   
私も若いときに彗星の観測にハマり、軌道計算にハマり、今に至っています。
私は自身で軌道計算をした例はあまりありませんが、やはりここ200年の彗星に関しては軌道要素
やその光度については把握しています。
そして新しい彗星が発見されると過去の彗星と同定できないか無意識に考えてしまいます(笑
(最近だとP/2002Q1(VanNess)とP/1892T1(Barnard 3)の軌道がよく似ていて、過去にさかのぼると
よく似た軌道に行き着くので、意地で計算してみましたが....)
なお、19世紀ですが、1861年のC/1861G1(Thatchar)とC/1861J1(Tebbutt)はどうでしょうか。
6月には南半球ならば前者が4〜5等級、後者が-1等で見えているのではないかと思います。
[2004年5月28日 22時9分25秒]

お名前: 中村 輝男   
上原様
    たいへん面白い研究調査ですね。
    中世ヨーロッパの漆黒の星空を想像してしまいます。
    ケプラーの生きていた時代は、6等の星でもはっきり見えたでしょうね。
    
    上原様の彗星軌道研究ではパソコンソフトが大活躍していますね。
    わたしは若い頃から対数表とソロバンで軌道計算をしていました。
    ライド、バーナード、ブルックス、デニング、ペルチャーなどなど
    19世紀後半からの有名な彗星捜索家の発見された彗星はほとんど
    軌道を把握しました。過去の彗星の研究はロマンがありますよね。
[2004年5月28日 20時1分40秒]

お名前: 上原 貞治   
すみません。前の書き込みで、
「第3彗星はすでに過ぎていました。3等くらいだったようです。」を
「第3彗星はすでに最盛期を過ぎていました。3等くらいだったようです。」に
訂正します。
[2004年5月27日 21時30分25秒]

お名前: 上原 貞治   
 当方でも、湿度が高いせいか、昼間晴れていても夕方には薄曇りになってしまいます。
低空のリニア彗星にはどうにも手が出せません。

 さて、17〜18世紀の肉眼ダブル彗星ですが、Kronkの Cometography Vol.1で見つけ
られた候補は、以下の2つです。

(6) 1618年11月末の C/1618 V1(1618年第3彗星)と C/1618 W1(1618年第2彗星)
(#) 1748年5月の C/1748 H1(1748年第1彗星) と C/1748 K1 (1748年第2彗星)

 (6)は、「およそ400年ぶり」の根拠とされた出現です。これはあとまわしに
しまして、まず(#)ですが、ここで困ったことがあります。18世紀中葉以前の観測は
肉眼で行ったものかどうかはっきりとした記載がない場合がほとんどなのです。
たぶん観測報告のフォーマットが定まってなかったのでしょう。?? 

 1748年第1彗星は、5月9日に肉眼で尾も含めて観測されておりこの時点で3〜4等。
一方、第2彗星は、5月19日に発見され、4日間しか観測されなかったといいますが、

Vsekhsvyatskijの研究によりますと、4等級程度で見られたことになっています。
たぶん肉眼で見えたでしょう。問題は、この時点で第1彗星が肉眼で見られたかどうか
ですが、こちらは6月末まで観測されていますので(おそらく望遠鏡で)、10日間
くらいでは極端な光度の低下はなかったものと思います(計算でもそうなる)。
どちらも北よりの空で北半球から同時に見える位置にありました。4等程度で同時に
肉眼で観測できたと推定されますが、後者の彗星の観測が少ないのでそういう記録は
残っていないでしょう。

 さて(6)ですが、さすがにこれは間違いないようです。ケプラーが11月29日に
両彗星を観測したという記録があります。第3彗星はすでに過ぎていました。3等く
らいだったようです。第2彗星のほうは大彗星の最盛期で全く問題ありません。
両彗星は、同時に明け方の空に見られました。

 しかしながら、Kronkの本には、「同時に肉眼で観測された」というはっきりした
記載はありませんでした。ケプラーは、この年から彗星観測に望遠鏡を使用し始めた
といいます。ですから、ケプラーがこの日(29日)に肉眼で見たかどうかはわかり
ません。でも、ケプラーは何日か前に尾の観測を行っていますし、この日は
「核が見えない」という観測もありますので、おもに肉眼で観測を行ったたものと
思われます。

 というわけで、肉眼ダブル彗星は最近400年に7回程度起こっており、100年に
1〜2度程度の確率で起こるようです。しかし、1618年をしのぐ規模のものは
それ以降起こっていないようだ、というのが私の結論です。(ここでは、同じ夜に
同じ場所で観測できれば同時彗星と見なしています。)

 16世紀以前は観測記録が曖昧で、仮に同時彗星出現の記録があってもそれらが
同一の彗星でないかの吟味が必要であったり、誇張された虚偽の記載である可能性が
あり、はっきりしないようです。ですから、検討はやめておきます。 

 長々とおつきあいどうもありがとうございました。
[2004年5月27日 21時24分52秒]

お名前: 中村 輝男   
おかしなパソコン操作をして上原様にご迷惑をおかけしました。
[2004年5月26日 22時6分1秒]

お名前: 中村 輝男   
晴れたと思ったらうす曇り、2彗星をじっくり見られませんでした。
[2004年5月26日 19時48分16秒]

お名前: 上原 貞治   
 20世紀の彗星について調べておいて、「大彗星の世紀」といわれた19世紀について
調べないのは寝覚めが悪いので、G.W.Kronkの大著、Cometography Vol.2 をざっと
見てみました。

 19世紀で可能性があるのは、

(4) 1858年10月上旬の C/1858 L1 Donati彗星、C/1858 R1 Tuttle彗星、2P/Encke彗星
(5) 1881年7月末〜8月初めの C/1881 K1 大彗星 と C/1881 N1 Schaeberle 彗星

です。(4)のうち、ドナチ彗星は、あの大彗星の全盛期で、有名な絵にあるアーク
トゥルスの近くに長い尾をひいていたころのものです。これは全く問題ありません。
タットル彗星は10月4日と8日に、エンケ彗星は10月2日に肉眼で観測されています。
これらは5〜6等程度と暗かったようです。全部、同じ夜に北半球から見えましたが、
ドナチは夕方の西空、タットルはほぼ衝の位置、エンケは明け方の東空だったため、
同じ観測者が2つは本当に同時に見ることができましたが3つは無理でした。

(5)のほうは、大彗星はとうに盛りを過ぎていましたが、どちらも北天の比較的近い
位置にあり、4〜5等程度で同時期に肉眼観測があります。同時に肉眼で見られた
ことは間違いありません。

というわけで、「400年ぶり」というのは相当怪しくなってきたようです。推測するに
「400年ぶり」という判断をした人は、4〜5等の彗星は肉眼で見えたとしても肉眼彗星
として扱っていないか、肉眼で見えた状況証拠があっても、「私が確かに同時に見ま
した」という記録が残っていない限り取り上げていないのではないでしょうか。
あるいは、Kronkの有名な研究を調べていないのかもしれません。

 このように「何年ぶりの現象」とかいって宣伝されているものは、間違いとは
言えないにしても、手前勝手な制限がついている場合が多いものです。宇宙開闢以来、
寸分違わぬ同じ現象は2度とないでしょうから、何らかの条件を付けることは必要
なのですが、この条件が明確に書かれていないものはあまり鵜呑みにしないほうが
賢明だと思います。宣伝というものはしょせんそういうもので、あまり科学的な
ものではありません。

 ここまで来たら、だめ押しで、17〜18世紀も調べてみます。

 ところで、6月8日の金星の太陽面経過。これは間違いなく122年ぶり(地球上から
見るとして。日本からは130年ぶり。)です! 
[2004年5月25日 21時25分7秒]

お名前: 上原 貞治   
 SEDNA様、中村様、1970年の彗星についてお教え下さりどうもありがとうございます。
そのころ私は、天文を始めてばかりでして、まだ彗星の発見情報を得て夜空に探そうと
いうところまではいっていませんでした。ベネット彗星の写真をあとで見て、
これなら自分でも見られただろうに、と悔しい思いをしたのを憶えています。

 別のスレッドで議論されていたものも含めて私なりにまとめますと、20世紀の同時
肉眼彗星についてはつぎのようなリストを作ることが出来るでしょうか。

 (1) 1911年の C/1911 O1 ブルックス彗星と C/1911 S3 ベルジョウスキー彗星 
 (2) 1941年の C/1940 R2 カニンガム彗星と C/1941 B2 デコック・パラスケボポウロス彗星

 この2組は、状況からして同時に肉眼で見えていた可能性が高いが、具体的に2彗星を
同時に見たという観測記録は見いだされていない。 また、

 (3) 1996年の C/1995 O1 ヘール・ボップ彗星と C/1996 Q1 タイバー彗星

は、同時期にそれぞれに具体的に肉眼観測があるので、「同夜」に肉眼で見られた
ことは間違いないが、天球上の位置が離れていたので、同一の観測者が本当に同時に
見た可能性は低い。
 
 1970年の4彗星(C/1969 T1 多胡・佐藤・小坂彗星、C/1970 B1 大道・藤川彗星、
C/1969 Y1 ベネット彗星、C/1970 K1 ホワイト・オルティズ・ボレリ彗星)については、
C/1970 B1 は、太陽に近くて肉眼で見ることは極めて困難であった。
他の3彗星の組み合わせのうちの2つは、日本では同時には肉眼で見られなかった。
しかし、南半球でなら、まだ可能性が残るようです。C/1969 T1 がまだ明るいうちに
(太陽から離れていたので、南半球でも見えたはずです)、C/1969 Y1がすでに肉眼で
見えているか、C/1970 K1の発見時に、C/1969 Y1がまだ肉眼で見えていたなら、
こちらも可能性はあったでしょう。南半球に鋭眼の観測者の記録が残っていれば
よいのですが。
 
 というわけで、細かく当たれば実際には400年ぶりということはないのだが、
はっきりしている文句のない例だけをあげれば400年ぶりということになるのでしょう。
でも、次の肉眼彗星のペアは、400年以内に出る可能性が高いと思います。

 いよいよ 今日、明日あたりから、リニア彗星が見え出すはずですね。
[2004年5月24日 14時10分23秒]

お名前: 中村 輝男   
多胡・佐藤・小坂彗星、大道・藤川彗星、ベネット彗星ですか。
なつかしい彗星ですね。1970年前期の彗星たちです。
多胡・佐藤・小坂彗星は長期にわたって明るかったです。
大道・藤川彗星は僕も二回しか見ていません、またたくまに太陽
に接近し行方不明になった彗星です。ベネット彗星は大きな核
を持ち薄明の朝空に輝いていて明るさはヘール・ボップ彗星を凌駕
するすごい彗星でした。
この三つの彗星の組み合わせで、同時に二つが肉眼で見える状況は
数字的には可能ですが肉眼的には無理だったと記憶しています。
多胡・佐藤・小坂彗星が肉眼でなんとか見えていた時期に、大道・
藤川彗星は超低空で4等級、ベネット彗星が日本で見え始めた頃に
は多胡・佐藤・小坂彗星は減光して肉眼的には無理でした。
ベネット彗星が5等の時に旅客機の操縦士ホワイト氏が発見した
太陽近接タイプのホワイト・オルティズ・ボレリー彗星は3等で
した。日本からは見えなかったです。
[2004年5月24日 2時35分53秒]

お名前: SEDNA   
C/1970B1(DAIDO-FUJIKAWA)はわずか2週間しか観測されずに、おそらくは近日点前に力尽きた彗星ですので、観測は難しかったでしょう。最後の観測は関先生からなされておられるようですね。
おおよそ2/1に7等、2/5に5等、最後の観測が2/9に4等ということですから、肉眼で見るのは無理がありそうです。
一方、C/1969T1(TAGO-SATO-KOSAKA)は北天に位置してこちらも2月上旬は5〜6等級ですね。
C/1969Y1(BENNETT)は2月上旬に5等級で南緯60度の南天に位置しています。

この年の5月末にはこのC/1969Y1とC/1970K1(WHITE-ORTIZ-BOLELLI)がともに5等級で見えているようです。1970K1は近日点以降の位置が悪く観測数が少ないのが残念ですね。
[2004年5月23日 21時44分2秒]

お名前: 上原 貞治   
SEDNA様、お調べいただきましてどうもありがとうございました。
可能性の高いことがわかって安心しました。

 それから、もう1件、微妙なのがあります。私がまだ彗星をみていなかったころの
ことなので、当時の状況がおわかりの方はお知らせいただけますとありがたいです。
1970年2月上〜中旬に、大道・藤川彗星(仮符号で1970a)、多胡・佐藤・小坂彗星
(1969g)、べネット彗星(1969i)の3彗星が、いずれも4〜5等くらいで観測されていた
いうのがIAUCに載っています。問題は、大道・藤川彗星がかなり太陽に近かったこと、
ベネット彗星が、この時期南半球でしか見られなかったことです。また、実際に
この時期に多胡・佐藤・小坂彗星とベネット彗星が肉眼で見えていたかどうかも
わかりません。
[2004年5月23日 11時54分33秒]

お名前: SEDNA   
私もC/2001Q4(NEAT)とC/2004F4(BLADFIELD)はこの目で見ることができました。
C/2001Q4(NEAT)は5/21に4.0等/DC=4と目視しました。それなりに立派な彗星でした。
C/2002T7は南天ではそれなりに育っているようなので5月末には天候にさえ恵まれれば観測の好対象になるでしょう。
さて、1941年のケースですが、C/1940R2(CUNNINGHAM)は1月下旬におよそ3等、一方のC/1941B2(DE KOCK-PALASKEVOPOULOS)も約3等なので、南天では十分に同一時期に見えうると思います。
光度に関しては今回の2001Q4/2002T7/2004F4と同様の感じですね。
1940R2の方は1940年9月に13等で発見され、1941年の1月に太陽に0.3AUまで接近したという経緯があるためか観測者数が多い彗星です。
1941B2のほうは2月に2等級まで明るくなり、尾も6度程度まで伸ばしたようです。こちらも大型の彗星だっただけに、南天ゆえ観測の記録が多くないのが残念です。
[2004年5月22日 16時55分59秒]

お名前: 上原 貞治   
石川様、
 ご意見をどうもありがとうございます。

 私は、今日こそは、台風一過でニート彗星が肉眼で見られるのではないかと
期待しましたが、残念ながら並の透明度で空も明るく、目を凝らして見ましたが
私の視力では見られませんでした。プレセペ星団が肉眼で見られるようなところへ
行かないとだめなのでしょう。

 ご意見には全く同感です。「400年ぶり」と聞いて彗星を見てみよう
という気になる人も多いでしょうね。そういう人にはよいきっかけに
なったと思います。以前に、公共天文台の人が「こういう宣伝の文句を
工夫して、大勢の人に天文に興味を持ってもらおうと苦労している」と
いう意見をおっしゃっている方もありました。たしかにその通りだと
思います。

 問題はあとのフォローだと思います。「今後400年間、これ以上明るい彗星は
見られないだろうから、もうやめた」と思われると困りますから、「また、
明るい彗星が出ますよ。」というような言葉が添えられるとよいと思います。

 実は、その後気になって、もっと以前の彗星の記録を探してみました。確かに、
多少条件をゆるめても、同時の2つの肉眼彗星というのは意外と少ないようです。
あとは、1941年のカニンガム彗星とデコック・パラスケボポウロス彗星が南天で
同時に見えた可能性があるくらいのようです。今回の2彗星が、あと2等くらい
明るかったなら本当に珍しい現象であったと思います。
 
[2004年5月21日 23時43分10秒]

お名前: 石川 大介   
「二大彗星」といわれた両方とも、最初の予報を大幅に下回る結果になると、
やはり残念ですね。
厚木では、駅から10km近く山に向かうと、肉眼で見えてきました。
しかし、かすかに広がったコマがぼーっと見えるだけで、尾は見えませんでした。
これでは確かに、「大彗星」にはほど遠いですね。

ところで、恐縮ながら少し意見を述べたいと思います。

私の身の周りにいる人々は、誰ひとり、二大彗星の出現を知りませんでした。
「星を見るのは好きで、興味も少しはある」という人も含めてです。
興味を持ちそうな人に情報が届けば、きっとこの彗星に目を向けてくれるでしょう。

(実際、マラソン仲間にメール送ったら、
「直前に山へ行った。なぜもっと早く教えてくれなかった?」
という反応が、一人だけからありました)

実際の姿は立派とは言えなくても、双眼鏡などで簡単に見ることの出来る彗星が
一度に二つも現れる現象の珍しいことに、変わりはないでしょう。
そして、その出現が広く報じられれば、広く知られて一般の人にも見られるように
なるでしょう。
「400年ぶり」という字句に多少問題はあるでしょうが、この宣伝は、
私は決して無意味とは思いません。
[2004年5月21日 22時15分57秒]

お名前: 上原 貞治   
 4月下旬以降、天候にめぐまれず、多少、欲求不満気味です。
天文掲示板にも書きましたが、明け方の空ではブラッドフィールド
彗星は見えましたが、リニア彗星は雲のため見られませんでした。
幸いにして、ニート彗星もリニア彗星も3等台を維持している
ようですので、今月末には2彗星が同時に拝めるものと期待しています。

 国立天文台によると、このように2つの肉眼彗星が同時に出現したのは
1618年以来だと... また、この掲示板にも書き込みがありましたが、1911年
にも同様の事例があった可能性があるといいます。

 http://www.nao.ac.jp/pio/2comets/ss02.html

しかし、直感的には、この程度の明るさの2彗星の同時出現がそんなに
めずらしいとは思えません。4〜5等程度の2彗星なら最近でもあったん
じゃないの、と思って、1996年秋の事例を調べてみましたら、C/1995 O1 
ヘール・ボップ彗星とC/1996 Q1 タイバー彗星が 1996年9月下旬〜
10月上旬に、どちらも肉眼で5等級で観測されていました(IAUC 6485, 6500)。
ただし、本当に「同時」に見られたかは疑問です。天球上の位置がまるで
違ったので、ヘール・ボップが西に低くなってからタイバーは東に昇って
来たようです。

 私の観測記録では、10月5日20時にヘール・ボップを5.1等で、そして
翌晩にあたる10月7日5時にタイバーを4.5等で、それぞれ双眼鏡で
見ています。市街地なので肉眼では見えなかったと思います。

 「400年ぶり」というのが間違いだとまでは言いませんが、そんなに
騒がしく宣伝するほどのものでもないように思います。初心者の人たちに
「この程度の彗星が400年ぶりなのか」というような印象を与えると、
かえって逆効果なのではないでしょうか。注意が必要だと思います。
[2004年5月19日 19時47分14秒]

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