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彗星が輝くとき

T 巨大彗星の出現

 ヘール・ボップ彗星が発見されたのは1995年7月23日(世界時)である。このニュースがアメリカのスミソニアン天文台(国際天文電報中央局)からパソコンの回線によって日本に伝ってきたのは日本時間で同年7月24日から25日頃であったと思う。

 新天体が発見されると全世界の天文台が追跡観測に動き出す。そして、これらのデータをもとにコンピュータは軌道計算に乗り出すのであるが、日本で初めてこの天体の軌道を計算したのは例によって洲本市の中野主一氏であった。

[球状星団とヘール・ボップ彗星の写真]
No.1 発見当初ヘール・ボップ彗星は
球状星団(右下)のそばに輝いていた。

 彗星のモーションが極度に遅く、なかなか良い軌道が求めにくかったが、それでも月末にはほぼその暫定軌道要素が求まった。それによると彗星が最も太陽に近づくのは1997年の3月下旬頃で、その頃彗星はマイナス等級の驚くべき明るさになることが、すでに判明していたのである。

 ヘール・ボップ彗星を発見したのは、アメリカのヘール氏(Cloudcroft)とボップ氏(Stanfield)で2人は互いに離れた場所で独立して発見した。その時間差は30分〜1時間で、もちろんヘール氏の方が先。発見した場所は夏の南天に輝く射手座の中-32°という低空で、有名な球状星団(M70)のすぐそば。私はこの発見位置を見たとき、ヘールさんもボップさんもホウキ星を見つける専門のコメットハンターではなく、おそらく天の川の中心である射手座の中を観望していて偶然発見したものであろうと判断した。

 この推測は当たっていた。ヘールさんもボップさんも口径40cmクラスの反射望遠鏡で、美しいM星団を観測中、その傍らに異様に光る謎の光芒を発見したのであった。このことは1962年の2月、”関・ラインズ彗星”を発見したとき、アメリカ・アリゾナ州のラインズ夫妻が、とも座の銀河の中を探訪していて同彗星を見つけたのと似ている。あのときの発見は赤緯がこれも-38°という超低空であった。

 さてヘール・ボップ彗星は、発見当初はその距離が5天文単位以上もあって完全な木星軌道の外側であった。そのときの明るさはコメットシーカーでやっと見られる11等。このことは、もし標準等級(太陽と地球からそれぞれ1天文単位に置き換えた場合の明るさ)に直せば、マイナス2等という驚くべき明るさになる。つまり地球への接近いかんによれば史上最大の明るいホウキ星になる可能性がある。

[高知市街の上空に現れたヘール・ボップ彗星の写真]
No.2 高知市筆山から見た市街とヘール・ボップ彗星
(1997年3月25日)

 事実、その後スミソニアンのマースデン博士の発表した改良軌道によれば、彗星が近日点を通過するのは1997年4月1日。その頃地球から約1天文単位(1億5千万キロ)の距離にあるが、明るさは-2等(木星並みの明るさ)になると発表したのである。ちなみに1997年3月末現在でホウキ星は-1等に達し、人口30万の明るい市街の空に悠々と輝くのはさすが大彗星である。

 ヘール・ボップ彗星は多少の明るさの消長を見せながら太陽に迫ってきた。1996年の夏には夕方の西南の空で好期を迎えたが、明るさは予報より1〜2等暗い5〜6等で、双眼鏡では何とか見えたものの、同年秋に、夕陽に接近して見えなくなるまで1回も肉眼で見えなかった。「果たして史上最大のホウキ星になるだろうか?」と、前人気の高い彗星だけに私たちは心配した。

 過去、大彗星になるといわれながら期待を裏切った彗星がいくらでもあるのである。ちょうどその頃、タブール彗星というのが飛び入りで現れ北天で分裂消滅した。この方は幽かに肉眼に映した。

 大体、大彗星がやってくると前々から評判の高い時には必ずと言って良いほど飛び入りのホウキ星が現れる。そしてあたかも「私の方がずっと明るく美しいわよ!」といわんばかりに”暁の女王”は夜空に絢爛たる光を放って翔け抜けるのである。1910年のハレー彗星のときには、その数ヶ月前に1910年A彗星というのが忽然と出現し昼間見え大騒ぎになっている。今回のヘール・ボップ彗星の場合も、百武彗星にして同じことが言えるのである。

 ヘール・ボップ彗星は昨年の百武彗星を越えられるであろうか?私は1970年4月に出現し多くの人を驚かせた”ベネット彗星”クラスではないかと思うがいかがなものであろうか。ベネット彗星は最大マイナス1等級に輝き極めて濃いダストの尾が10度あまり見られた。ある朝なんか曇っていて「今日は駄目かな」とあきらめて庭に立ってみたら、なんと薄雲をつらぬいて煌々と輝いていたのである。今回の彗星は過去の3大彗星(池谷・関、ベネット、それにウェスト彗星)等に比べて、やや尾が短く淡いのは残念である。そういえば昨年の百武彗星は、尾が大変長かったが細く薄かったことを思い出す。初期は長く青いガスの尾であったが、太陽に近づいた後期にはダストをどっと吹き出して太い赤っぽい尾となった。

[ヘール・ボップ彗星の写真]
No.3 口径21cmF3反射望遠鏡で撮影したヘール・ボップ彗星
(1997年3月5日 午前5時 芸西天文台)


 今回のヘール・ボップ彗星ではこれら互いに性質の違った尾が赤(ダスト)と青(ガス)の形で、はっきりと2つにわかれているのは大変美しく、またわかりやすいおである。イオンの尾は軽いので太陽風に乗って秒速数十キロというものすごいスピードで直線的に流れる。一方思いダストは太陽からの斥力と重力との影響でカーブしている。つまり光圧によって吹き飛ばされようとするがその一方、太陽の重力で呼び戻されようとする。その結果が曲がった美しいスタイルでバランスを保っているのである。表紙の写真を見ると、これら2本の尾がはっきりしており、核周辺は濛々と煙ってダストが大変多いことがわかる。現在、肉眼や双眼鏡で見られるヘール・ボップ彗星の尾はこの曲がったタイプU(ダスト)の尾で、タイプT(ガス)の尾に比べて2倍から3倍ほど明るく見えているのである。



Copyright (C) 1999 Tsutomu Seki. (関勉)