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思い出の彗星

ブラッドフィールド彗星
C/1980 Y1 (Bradfield) = 1980t

 ブラッドフィールドさんはオーストラリアを代表するコメットハンターです。1980年には日本にも来られ芸西にも立ち寄られました。日本の多くの彗星観測者と会って学術の交流と友好を果たされました。ブラッドフィールドさんは本田実さんに会うことに大きい期待を持って居られたと思いますが、この南北の両雄が会見をすることはありませんでした。
 ブラッドフィールドさんは5インチ(12.5cm)の日本製のレンズでたくさんの彗星を発見されましたが、その割には明るいものが少なかったようです。
 写真は、まだ芸西に60cm反射望遠鏡ができていない1980年に40cmの小島鏡で撮影したもので、同氏が芸西天文台に来られた時、記念にお渡ししたものです。
 一番新しい2003年の発見は「クロイツ属」彗星の発見を目指して捜索したものだそうで、とくにこの群の明るい彗星の発見に力を入れているようです。しかし1965年のクロイツ属の彗星「イケヤ・セキ彗星」はオーストラリアでは良く見えたはずですが、その頃には天文をやっていなかったと語っていました。
 その後毎日のように砂漠の中に100km以上距離を走って観測に出かけるようになります。日本では百武さんが15cmの重い双眼望遠鏡を車に載せ郊外に走って再び組み立て観測する。実際このような過酷な作業を毎日続けても百に一つも発見はない。やはり発見は馬力です、そしてこの上ない情熱ですね。19世紀の昔、アメリカの捜索者スイフトが自宅から遠く離れたある工場の屋根の上に通った。冬の霜や雪の降った後はすべるので屋根瓦を這って行ったと聞きます。後世に名を残すような人は吾人の想像を遥かに絶するような努力をしているものです。


[ブラッドフィールド彗星 C/1980 Y1 (Bradfield) = 1980tの写真]

ブラッドフィールド彗星 C/1980 Y1 (Bradfield) = 1980t
1981年1月8日 18時25分(J.S.T)から3分間露出
40cm反射鏡 トライXフィルム



Copyright (C) 2006 Tsutomu Seki. (関勉)