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連載 関勉の星空ノンフィクション劇場


第1幕 芸西天文台の怪

 芸西天文台の怪としては、まず冬のホタルがあげられよう。ふしぎなことに夏ホタルが飛んでいるのをほとんど見かけたことがないのである。天文台のドームのまわりをたくさんの鬼蛍が乱舞する姿は絵になるのだが、残念ながらそのような景観に接したことがない。その代わりにといったらおかしいが、冬になると天文台周辺の雑草の中に、一面のホタル火の花が咲き、妖しげな青い光はは夜空に向かって明滅する。空にはおりしもオリオンあり、シリウスの巨光ありで、まるで宇宙の星たちと交信し、その蒼さを競っているかのごとく壮観である。これら冬のホタルは実は幼虫であって決して空を飛ぶことはない。そして冬を越すのである。
草に見る星座ほたるの香に青き
これは野尻抱影氏の句であった。

 さて夏になると天文台の名物は?は幽霊である。実は天文台設立の当初から、一般公開の日には白い着物を着た老人が必ず出現して、天文台の周辺を徘徊することで話題になった。そして、その老人はいつのまにか消えて正体はまったくわからないという。もっともこれは決して怖い幽霊ではなく、正体をあばいてみると建設的で実に微笑ましいゆうれいなのだ。人魂や幽霊を語るには少々季節が早いのだが、山深い天文台で神出鬼没する妖怪の話は、これからの本稿のストーリーにも大いに関係することだから、ぜひ語っておかなくてはならなぬ。

 あれは確か、世がハレー彗星の接近で狂奔する1986年頃の夏だった。一日に全国から2000人も押しかけたことのある天文台の丘で奇妙な事件が起こった。標高100m余りの天文台は、南に太平洋を俯瞰(ふかん)することのできる風光明媚な場所に立ち、天気の良い日には東に勇壮な室戸岬を、そして西にははるかに足摺岬の彷彿たるを望むことができるのだが、ある夏の日の夕方、下の駐車場から天文台への細い歩道を登っていた親子3年連れのお母さんは、暗闇の中で石段を降りてくる80歳くらいの白い浴衣を着た老人とであった。「天文台へはこのようなお年寄りも来るのか、感心なものだと」思いながら、「こんばんは」と声をかけた。すると老人は何もいわずにすれ違って、すーっと暗闇の中に消えたというのである。そしてもうひとつ。ドームの中で接近中のハレー彗星を見た私たちは、いつもの例に従って丘に上がり星座の観望をやっていた。季節は南国の長い夏もようやく終わりをつげようとする9月の上旬。説明をする私を取り囲んだ人ごみの中に、例の白い着物の老人がいた。老人は人垣の中から、じっと私たちのほうを覗き込むようにして、にこやかな笑みをたたえていたという。不思議に思って、後で参加者の名簿を調べたが、80歳くらいの老人らしい人の名前は見つからなかった。

 このようなことがあって”天文台に幽霊出没”のニュースは次第に広がり始め、天文台に通う常連の中ではほとんど知らない人はいなくなった。子供たちの間でも「僕は今夜白い浴衣のおじいさんを見た」とか、あるいは、「今夜は出なかったが、子の前のは白い浴衣を着て暗闇の中にぬーっと立っていた、あれが本物なんだ」。とかいった具合に、まことしやかな噂がうわさを呼んだ。しかし人魂ならいざ知らず、今の文明の世の中に幽霊なんかいるはずがない。恐らくそれは何かの錯覚によるものであろう。しかし私にはそれについて全く心当たりがないでもなかった。その幽霊の正体をあばくには、時代は遠く50年も昔にさかのぼって、ある幽霊屋敷を尋ねなくてはならないのである。

 (第2幕へつづく)



Copyright (C) 1999 Tsutomu Seki. (関勉)